総司とおゆうさん

20140409.jpg

土曜日(8日)は関東地方で大雪でしたが、みなさんの所はどうだったでしょうか。
このブログでおなじみ、ワタクシの住む東大和市は東京都の北多摩という地域に
属しています。
で、さらにワタクシの住んでいる場所は市内でも北部で、標高も150mほどあり
ますから気温も都内より確実に2℃は低い場所です。
テレビのニュースでは「新宿や渋谷の積雪は25cm・・・」などと言っていましたが、
ワタクシの家の前の道路では40cmは積もりました。
距離にして新宿とは30kmしか離れてないんですけどねぇ。

さらに昨日の雪は、東京では45年ぶりの大雪とかで。
送電線がどうかしたのかわかりませんが、ワタクシの住む地域一帯が夜7時半から
10時過ぎまで停電しちゃいまして。
部屋の暖房はガスなんですが、ファンヒーターだから停電すると使えないんですね。
もー寒いから、布団かぶって猫抱えて寝ちゃいましたよ。

幸いにして、今日(9日)は日中陽射しもあって、気温も高かったので溶けてくれる
のも早そうで良かった良かった。
ま、明日以降、道路の凍結には注意ですが・・・!


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コメント一覧

#541 停電とは
 凄い雪でした。丘陵部ではさぞ積もったことと思います。我が家も停電対策を取りました。そこで、意外に脆いものであることを知って愕然としています。お湯が沸かせない=インスタントは駄目、チンが出来ない=冷凍食品は駄目、ご飯の冷凍も解凍できない・・・で最低限の自然燃料を備蓄することにしました。

 もう一つ、高齢世帯の病などによる歩行困難者の避難態勢は全く自力では無理なことを知りました。改めて近隣・相隣関係、共生社会の意味を考えさせられました。良い経験でした。野火止用水
#543 野火止用水さま
さすがに停電には参りました。
幸い夕食の後でしたので、食べることに支障はありませんでしたが、暖房は
何一つ使えないことに、今さらながら愕然としました。以前は灯油ストーブが
あったのですが、猫と同居してから危ないのでやめてるんですね。

停電時でもガス台の発火装置は電池なので大丈夫でした。仮にガスが止まったら
カセットボンベ式のコンロを使用したいと思います。公民館で「断層の会」から
学習しました。
灯りは懐中電灯が頼りなので(ロウソクは猫がいて危険)、日頃から電池サイズを
確認して常備しておくのが肝要ですね。
#544 停電
この雪で東大和市内でも停電、なんて初耳でした。停電なんて東日本大震災以来ですね。
#545
文化生活の中、停電には参りますね。
そこでイッセイネコちゃんを湯たんぽ代わりに抱いて布団の中へ・・・
正解ですね!!     手習いさん
#546 Junpeiさま
東京電力のHPによると東大和市では2900世帯が停電になったようです。
停電した区域は奈良橋・湖畔・狭山・清水・高木などで、新青梅街道よりも
北側地域でした。
震災後の計画停電では主に新青梅から南側が対象になりましたから、街道を
境に送電の区分けがされているんですね。
#547 手習いさんさま
猫は肌触りもよく、低温火傷の心配もないので、冬の寒い夜には
ヒジョーにおススメです!
ただし。
機嫌を損ねると、すぐに逃げていっちゃいます。
損ねなくても、飽きると逃げていっちゃいます。
・・・猫だから。
#548 大雪お見舞い
大雪と停電、大変でしたね。テンちゃんポンちゃんもびっくりしたのでは?
当地もだいぶ積もりましたが、停電はしませんでした。

解剖…てことは、おゆうさんが勉強しているのは西洋医学でしょうか。
楠本イネや荻野吟子を思い出しました。

前記事の続きですが、精勇隊の4名について村々から赦免嘆願が出ていたこと
ご教示くださってありがとうございます。
(貴重な情報を取り上げなかったとは、もったいない…
長くなるなら別記事の続編にしてくださっても、ありがたく拝読しますっ!)

柏尾嘉平次は、稲田藩士か否か不明ながら、準じる立場ではあったように感じます。
精勇隊が寛大に処分されたのなら、身内らしき直之輔が藩士だったのみならず
総隊長・嘉平次自身もそこそこ重視されていたためかもしれません。
また、藤塚村からの書状は、宛先が「稲田御處 柏尾嘉平次様」とあり、
彼が稲田藩や新政府に対し働きかけられる人物とみなしているようです。
ちなみに稲田藩は、新政府軍に脅されて恭順したような日和見主義ではなく、
早期から反幕的立場をとり、鳥羽伏見戦争に新政府側として参戦、
東征では有栖川宮警固にあたったそうで、新政府内の評価は高かったと思われます。
#549 東屋梢風さま
東屋さんからは、どんなマニアックな細かいことでもコメントをいただける
ので、本当に感謝しております。
ただ、このブログもあまり細かいコトを書くのはどうかなぁ・・・という
思いもありまして。
一般の読者、置き去りか?とか。
まぁ、「東大和市の幕末期名主の日記を読む」というテーマ自体がエラい
マニアックではあるんですけどね。
いいのかな。ブログだから。マニアックで。とも思ったり。
逡巡しております。

稲田藩が早期から新政府側だったとすると、やはり柏尾たちのスタンスも
新政府寄りだったのでしょうか?しかし鈴木織之助は元尾州とありますから、
わざわざ脱藩して入隊する必要がないようにも思えます。
新史料が欲しいですね。

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