杢左衛門、動く!

幕府の焔硝蔵警備からとばっちりを食う形で、内藤新宿への増助郷を
命じられた東大和地域の村々。
これを何とか撤回してもらおうと、蔵敷村名主杢左衛門さんはお上へ
差し上げる願い状を書き上げます。
さぁ、杢左衛門さんの願いは聞き届けられるのか・・・ッ!?

オープニング・タイトル
主題歌「ビューティフルドリーマー」(フラワーカンパニー)
ハッピーじゃな~い、ラッキーじゃなぁ~~い

前回ご紹介した助郷免除の嘆願書の回答が出されるのを待つより早く、
助郷として適切かどうかの調査をする、役人が派遣されてきました。
東大和市史によれば、元治元年(1864)10月14日朝六ツ時に内藤
新宿を出発した役人一行は、調査対象の村々を巡察して、10月21日に
東大和市域の高木村に入ったようです。
高木村名主宅で昼食を取った一行は、ついに杢左衛門さんの待つ蔵敷
村にやって来ます。

杢左衛門さんは村内を案内した後で、蔵敷村は小仏関所の増番人足を
勤めているので助郷をお引き受けするのは困難です、と口上で述べた
そうです。
この時の役人たちのリアクションは、たぶん小さかったんでしょう。
調査団一行はその夜、中籐村(東京都武蔵村山市)名主宅に泊まりまし
たが、杢左衛門さんがやって来て再び助郷免除を訴えたみたいなんで
すね。モクさんの必死さが伝わります。
ところが役人が言うには、
「その方の村では小仏御関所へ増番人足を勤めているので、先日増助郷
の免除を願う嘆願書を提出していたが、他にも同じような例があるので
嘆願は採用しがたい。」

てコトを言われちゃったみたいなんです。
つまり、却下。

正攻法は失敗・・・。まぁ、しかし交渉事ってのはこんなもの。
ストレートで押して上手く行くんだったら、苦労はしませんよね。
さぁ、ここから杢左衛門さんは動きます。

「子(元治元年)10月26日江戸に行く。内藤新宿助郷を仰せつけられては
難渋するので、秘密裡に、ご支配代官江川太郎左衛門様の手附元締で
ある上村井善平様へ内密のお願いをした。それは、論所地改手附中村晋平
様・御普請役横山信太郎様ご両人のお宅へ善平様が出向いて、内密の
策略をお願いしてくだされ、ご両人とも薄々心の中に留めてくれることになっ
たのである。
もっともこのことは、三ツ木村年寄藤吉・粂川村年寄太左衛門と私との3人
で相談して、いろいろと心配してきたことなのである。
江戸には16日滞在し、11月12日に帰宅した。追ってご沙汰が出される
のを待つ手筈になっているのである。」


中村晋平と横山信太郎ってのは、今回の助郷一件を担当している役人であり、
巡察に来た人たちです。
杢左衛門さんは江戸に行き、江川代官の手附(家来)頭の上村井さんから
この両人に内密のお願いをしてくれるように頼んだっていうんですね。

「内密の策略」ってのは、もうお分かりでしょう。
もし、助郷免除となったときには、相当額の成功報酬をお支払いするそうです
よ・・・そう上村井さんは両人に言ったんですね。で、二人とも暗にそれを了承
したと、こういうことですな。
地獄の沙汰もなんとやら、ですよ。

まぁ、こういったことが「良い」こととは言えませんが、日誌にあるようにこれは
杢左衛門さん一人の考えではなく、三ツ木村(武蔵村山市)・粂川村(東村山
市)と相談して決めたようです。それだけ、どの村も「なんとかして」の思いが
強かったんでしょうね。

そして11月、いよいよその結果が出るのです!

20130306.jpg

元治元年最大の事件といえば、やはり「池田屋事件」ではないでしょうか。
「八月十八日の政変」で京都を追われた長州勢でしたが、密かに残った
過激派志士が同じく土佐藩らの志士と連絡を取り合います。そして大がかり
なテロを画策するのです。
彼らの武器調達を担当したのが、京で諸藩御用達商人桝屋喜右衛門こと
近江の郷士出身・古高俊太郎でした。新選組が踏み込むと大量の武器が
用意されていたことから古高は逮捕され、厳しい尋問が行われます。
なかなか口を割らない古高でしたが、ここから「鬼の副長」と呼ばれた土方
の激しい責めが始まります。
逆さに吊るして足の甲に五寸釘を打ち、さらにその上から蝋燭をタラすという
ものスゴイ拷問。

時代劇でもよく見る拷問ですが、江戸時代には「ムチ打ち」「石抱き」「海老責」
「釣責」の4種しか認められませんでした。そのうち、「釣責」だけを拷問と呼び、
他は牢問と言って区別しました。
牢問・拷問とも与力や同心が密室で行うのではなく、目付や牢屋奉行という
奉行所とは異なる管轄の役人が監視の下で行ったそうです。そうやって自白の
強制やでっち上げの冤罪を防いだワケで、なんか今の警察の取り調べ室より
ガラス張りのような気がします。
なので、古高に対してのこの責めは明らかに違法行為では、と思うのですが、
新選組は幕府の正式な部署ではないし、緊急事態だし、ってんでOKになっちゃ
ったんですかね?




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コメント一覧

#187 内密の策略
読むうちに、当時の世の中の仕組みからは何かコネがないと難しいなぁと感じましたが、やはり「地獄の沙汰...」でしたか。死活問題ですからね。(今回も気づかぬうちのアップでした)
#188 何事も抜け道あり
袖の下作戦の成否が気になります。杢左衛門さんガンバレ!

池田屋事件、通説が事実のように流布されているけれど、謎だらけですね。
過激浪士による脅迫や暗殺事件は起きていたものの、
大規模テロ計画にどこまで具体性があったのかはっきりしません。
また、『新撰組顛末記』には五寸釘と百目蝋燭の話がありながら
『浪士文久報国記事』では単に「拷問ニカケ」だけ、という違いも引っかかります。

新選組の容疑者取り調べに関する権限も不明ながら、拷問が許されていたとは考え難いです。
幕府の権威低下で法規や慣例ゆるゆるの幕末だし、会津藩の裁量で黙認されていて、
正式な手続きを踏む余裕がない時はやむを得ん!て感じでしょうか?

「八重の桜」では、池田屋事件が
「会津藩の意向を無視した新選組の暴走」にされまいか危惧します。
#189 純平さま
古今東西この手の話は多いですが、実際に当事者の日記などで目にすると
生々しい感じがしますね。
原文を読むと、話を通すルートはすでに暗黙のうちに決まっているのかと
いう印象を受けます。
#190 東屋さま
確かに古高の供述に信憑性がない、とする説もあるようですね。
「八重の桜」の新選組の描き方が気になるところですが、松平容保や徳川家茂が
頼みとしたというラインは、キッチリと守ってもらいたいです。

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