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「青天を衝け」幕末多摩ひがしやまと流見方⑤

前回の放送では、いよいよ大老に就任した井伊直弼が水戸の徳川斉昭、越前の松平春嶽、
一橋慶喜を江戸城から追い出し、安政の大獄へと進んでいきました。また、14代将軍
継嗣問題や日米修好通商条約締結など、時代は本格的な幕末へと向って行きます。

一方、主人公の栄一は何をしていたのかというと。
大好きなお千代ちゃんを巡って、従兄弟の喜作とガンのくれあい、飛ばしあい。ツッパリ
ハイスクールロッケンロール血洗島編の真っ最中。

ドラマが「幕末政治史」と「オレの青春譚」の二つに見事に分裂しています。
しかし、これはドラマの主人公を渋沢栄一にした時点で、仕方のないことですね。
幕末モノを大河で取り上げる以上、ドラマで政治史を取り上げないワケにはいきませ
んが、栄一は幕末政治史の表にも裏にも関わりのない人物です。
そりゃ、栄一部分は私的な話に終始するしかない。

そのために慶喜をサブ主人公的な位置において、政治史のシーンでは剛くん中心に回し
ていこうということなんでしょう。
栄一はこの後幕臣にもなりますが、おフランスへ派遣されるため、戊辰戦争のときにも
当然いない。
主人公ナッシングでつないでいかなきゃならないけど、慶喜も謹慎中だ。さてどうする。

そこで出てくるのが喜作です。
お千代ちゃんは栄一に取られちゃったけど、およしちゃんから好かれたみたいなので
ラッキーじゃないか!だって成海璃子ちゃんだぞ!
あ、これは取り乱しまして失礼・・・ワタクシ「瑠璃の島」からのファンであります。
ま、それは置いといて。

彼は戊辰戦争の真っ只中に頭から突っ込んでいきますから、もしも、ドラマで戊辰戦争が
多く取り上げることがあるならば、喜作こと渋沢成一郎にスポットライトが当たることは
間違いない!と思うのですが、さて・・・。


慶喜に近い幕臣だった伴門五郎、本多敏三郎、須永於菟之輔が発起人となり「主君慶喜
が着せられた逆賊の汚名を雪ぎ、命を賭して守ろう」というグループの立ち上げが起こり
ます。幕府の歩兵隊らにこの意志は伝えられました。
ちょうど慶喜が謹慎の意を示すため、上野の寛永寺に入った慶応4年(1868)2月
12日のことです。
しかし、この日雑司ヶ谷で行われた会合に集まったのはわずかに17名。
慶喜の人気が無かったわけではないと思うんですよ。おそらく、江戸の町のあちこちに潜んで
いる新政府側の密偵の目を気にしてのことだったと思います。

17人じゃ野球の試合もできねーよってんで(嘘)、後日改めて今度は四谷の円応寺という
お寺で会合を呼びかけます。このお寺、今はありません。
すると30人の幕臣が集まりました。

この2回の会合で、伴らはモチロン成一郎を誘っているのですが、成一郎は出席していま
せん。いや、趣旨に反対しているワケじゃないんです。彼も主君慶喜への忠義はある。
でも、成一郎は知っているんです。
「この会合に出れば、まず間違いなくオレがリーダーにされる」
そりゃ、当然です。なにせ慶喜の奥祐筆格まで務めた俊英ですから。
しかし、30人ほどの集団では何もできないし、いざとなれば自分の身も危うい。
そうそう気軽にカシラを引き受けるわけにはいきません。
どうなるだろうかと、円応寺の向いの店から様子を伺っていたといいますから、かなり
気にはなっていたのでしょうね。

さらに4日後、3回目の会合が同じ円応寺で行われます。参加者は67人。
ここでいよいよ、成一郎は参加者の中に顔を見せました。
従兄弟の尾高惇忠に促されたからだといいます。おそらく、同じ一族の須永から話が
行っていたのでしょうね。
ここで参加者らは、君家のために一命をなげうとうという血誓帖をつくり、それぞれ
署名しました。ちなみに、この血誓帖の文を起草したのも惇忠だといいます。
この時点で成一郎は集団のリーダーになる覚悟ができていたのでしょう。
しかし、そこにはもう一人の人物がいました。


「なんだー。このボタンちょっと押してみるんだな。うーん、なんだー。」



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