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東大和市「歴史ロマンまち歩き」 湖底から移転した寺、蓮華寺・慶性院

久しぶりに舞台を東大和市へと戻しましょう。
東大和市の「東やまと観光ガイド」では、今年から市内の史跡、神社仏閣等を廻る
「歴史ロマンまち歩きガイド」を実施します。市内をいくつかの地域ごとに分けて、か
歩きながら史跡を訪れ、ガイドの解説を聞くというものです。
2時間ほどの行程で、料金は無料。

その第1回目が来月、9月17日(火)に行われます。
記念すべき第1回目のコースは「多摩湖から移転したお寺 蓮華寺・慶性院」です。
今回は、そのコースでどんな所を廻るのか、ダイジェストではありますが、ご紹介
いたします。

東大和市の北側(埼玉県所沢市との堺)には、人造湖の多摩湖(村山貯水池)が
あります。この場所は大正時代までは人家や田畑があり、東大和市域の村々の
中心的な場所でもありました。
今回はその多摩湖の石川と呼ばれた地域にあった2つの寺院を中心に、ガイドを
進めていきます。

スタートは、多摩都市モノレールの上北台駅。
先ず訪れるのは、蓮華寺です。
蓮華寺 本堂2a

石澤山愛染院蓮華寺。真義真言宗豊山派のお寺です。
文禄年中(1592~95)に承圓法印が蓮華坊として開創し、寛永9年(1632)に
承雲和尚が蓮華寺と改称したと伝わります。
本尊は不動明王です。
元々は現在の多摩湖(村山貯水池)の中にありましたが、湖建設のために狭山丘陵の
峰を越えた南側の芋窪地域に移転してきました。

蓮華寺 不動明王a

東大和市にとって、蓮華寺がクローズアップされるのは明治時代に入ってから。
幕末から明治初期にかけて、蓮華寺は住職不在だったこともあったようです。
それを立て直したのが栄雲和尚で、明治10年(1877)あたりから蓮華寺を盛ん
にします。折しも、世の中は薩長政権に不満を持つ人々から自由民権の動きが
出てきていた時でした。
栄雲和尚は明治11年(1878)、三多摩最初の自由民権学習結社とされる
衆楽会(しゅうらくかい)を、蓮華寺で指導しました。

蓮華寺 栄雲和尚墓碑a
栄雲和尚の墓碑。その経歴を記し、業績を讃えています。
多摩の自由民権運動と、その初期の中心地が東大和市域だったことは、これから
もっとクローズアップされてくるでしょう。

蓮華寺の南側に隣接して、要石があります。
要石a

フェンスに囲まれた中に御社があり、その前にあるのが要石です。
ちなみにこの場所は蓮華寺に隣接していますが、この場所から北の方にある
豊鹿島神社の敷地になっています。

要石は茨城県の鹿島神宮の要石が有名ですね。根の深い石がナマズの頭を
押さえていて、地震を防いでいると云われています。
この要石は、耕作地の真ん中にあって邪魔なので、村人が掘り起こそうとしたところ、
どこまで掘っても先が見えないので「こりゃ、要石に違いねぇべ」ってことになったそう
です。敷地が鹿島神社の土地だったことも関係あるでしょう。

この要石で、村人たちは「虫占い」をしたといいます。
1匹出れば1人、2匹出れば2人・・・という具合。もしも、死んだ虫が出たら大変!
子供は死産だというので、占う方は真剣だったそうです。

また、「東大和のよもやまばなし」に書かれている伝承によれば、遥かなる大古の昔、
健御雷命(たけみかづちのみこと)が東国に下ったときに、船をこの石に繋いだとも
言います。
単なる昔話と片付けてしまうのは簡単ですが、狭山丘陵一帯は200万年~70万年
前までは海の中だったことと無縁ではないのかも知れません。

続いてご紹介するのは、蓮華寺からさらに西に歩いた場所にある慶性院です。
慶性院 山門a

白部山医王寺。武蔵村山市中藤にある真福寺の末寺、真義真言宗豊山派。
本尊は不動明王です。
創建年代については詳しいことはわかっていませんが、開山をした承秀上人の
入寂を慶長6年(1601)とする説と、天文16年(1547)とする説があり、それ
以前に創建されたものと推察されています。
現・多摩湖となっている石川地域の中でも最も西側にありましたが、大正11年
(1922)に現地に移転しています。

当初の本尊は薬師如来だったようで、境内の奥には薬師堂が建っています。

慶性院 薬師堂a

狭山三十七薬師の第三十六番目として、信仰を集めていました。
中には桃山時代の作と推察される薬師如来像が安置されていますが、一般
非公開となっています。

寺の東側駐車場から境内に入ってすぐの場所に、3体の石像がありますが、
注目されるのはこの1体。

慶性院 水天像a

これは水天像です。
慶性院の19世住職円鏡法印慈賢が、江戸時代末期に建てたものといいます。
寺の移転とともに、この像も移されました。
水天は、世界を守護する十二天の一つで、水難除けや雨乞いの祈願の対象と
なるため、池や川のほとりに建てられる例が多いそうです。
水天像は、全国的にも例が少なく、都内には3基しかないうちの1其だそうです。
ただ、あとの2つはどこにあるのかわかりません。
ご存知の方はご一報をお願いします。

さらに見ていただきたいのが、コチラ。

慶性院 白山大権現a

白部山という寺の山号の元となった白山大権現です。
明治の神仏分離で引き離された白山大権現ですが、近年になって復興されました。
江戸時代の信仰の姿が再現されたわけです。

さて、現在の慶性院の山門は写真で見ていただいた通りなのですが、これは移転後に
建てられた新しい門です。
元々、石川地域(湖の中)に寺があった時は、別の山門がありました。
現在、その山門は多摩湖の北、所沢市との堺に保存されています。

慶性門 旧山門

茅葺屋根で、寺の門には珍しい長屋門の作りになっています。
痛みが激しいのが心配で、なんとかいい形で保存できないものかと思っています。
今回のガイドでは行きませんが、機会があればぜひ訪れてみてください。
メットライフドーム(西武ドーム球場)や山口観音の近くですので。

当日のまち歩きガイドでは、この他に市内最古(延宝8年・1680)の庚申供養塔や
旧道の辻に建てられて現存する馬頭観音像、狼の言い伝えの残る住吉神社などを
廻ります。

東やまと観光ガイド 歴史ロマンまち歩き
「多摩湖から移転したお寺 蓮華寺・慶性院を巡る」


9月17日(火) 13:30集合
集合・解散 多摩都市モノレール上北台駅 ロータリー広場
料金 無料
お問合せ・申し込み 東大和市市役所産業振興課(042-563-2111)
※当ブログ管理人イッセーは当日のガイドは担当しません。でも、ベテラン
  のガイドが詳しく楽しく解説いたします^^
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