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地域発見講座より 東大和市の幕末①

9月から10月にかけての講座がひと段落つきました。
今回の講座は当ブログのテーマ「幕末の東大和市を語ってみよう」に完全に
一致しますので、講座に使ったテキストをそのままコチラに掲載します。
まぁ、これまでウダウダと続けてきたブログ記事のまとめにもなりますかね。

第1回目の講座は、幕末に起きた大きな事件を2つ取り上げました。
その事件から東大和市域の人々がどんな影響を受けたのかを、見ていき
ます。

なお、実際の講座では1章で江戸時代初期から中期にかけて、東大和の
村々がどのように変化していったのかを軽く取り上げましたが、当ブログの
テーマとは離れてしまうので、ココでは割愛させていただきます。


2 黒船騒動

1 ペリー来航
嘉永6年(1853)6月3日、アメリカ東インド艦隊のペリー提督が旗艦サスケハナ号とミシシッピ
号の蒸気軍艦2隻と帆走軍艦2隻の艦隊で伊豆沖に姿を現し、そのまま観音崎南西の鴨居沖に
錨泊しました。
江戸時代後半、日本近海には度々外国船がやってきており、その都度幕府は対策を迫られてい
ました。ペリーの来航も、長崎出島のオランダ商館長からのオランダ風説書で事前に知らされて
いましたが、具体的な対応策は練られていなかったのです。
9日に久里浜に上陸したペリーは、修好通商を求める米大統領フィルモアの親書を差し出し、浦
賀奉行がこれを受け取りました。幕府は翌年に回答するとペリー側に伝え、ペリーは了承し江戸
湾を離れて行きました。

狭山丘陵の村人たちはペリーの来航をいつ頃知ったのでしょう。
中藤村(武蔵村山市)の「指田日記」(指田摂津)には次のようにあります。

「6月11日 雷。当月、異国黒船相州浦賀に入り、海手所々の固めあり、然れども、江戸に船
入る事能わず・・・」


※実際にペリーの艦隊は江戸湾に侵入してきましたので、この内容は間違っていることになり
ますが、一方で目撃したのではなく、伝わって聞いたことの証明になっています。

2 台場設置
幕府はこの非常事態に、韮山の代官江川太郎左衛門英龍を勘定吟味役に昇進させ、海防
会議に参加させます。英龍は領地が外界に接する伊豆にあり、早くから外国に対する危機感
を持ち、近代的軍隊や農兵の採用、砲台の設置などの建白書を以前から提出し続けていま
した。嘉永2年(1849)に起きたマリナー号事件を解決するなど、対外戦略に大きな実績も
あったからです。英龍は江戸湾を防衛するには、海上に砲台(台場)を設置することが一番
望ましいと考えていました。
当初彼は「防禦線は、あくまでも浦賀水道にあり、籏山崎から富津台場を見通した間に、10町
(1800m)間隔で台場を築くのが基本構想である」(「江川坦庵」 吉川弘文館)と考えていま
したが、これは当時の技術力、金銭、時間的にも無理で、最終的に品川から深川にかけての
内海に築くことに決まりました。

3 松材の伐り出し
台場建築に必要な松材は江川代官所の支配地内から集められました。東大和周辺には幕府
管理の御林(おはやし)があり、狭山丘陵の村々はその伐り出しと運搬にあたることになりました。

指田日記 嘉永6年9月
「12日 御林にて二千本切り抜き、福生村迄出すべき由、仰せ渡さるにより村中車引き人足、
御林奉行より十日の内に出し尽くすべき由に付、隣村三ツ木・芋久保・石川・勝楽寺・蔵敷・
奈良橋・砂川・右村々に助人足当たる。」
「19日 今日迄、御林人足6人勤めしむ。」
「20日 雨。御林山用車引き。」


各村々からどれだけの人足が出されたのかまとめたのが下の一覧です。
人数は延べ人数かと思われます。

       横田村  中藤村  三ツ木村  砂川村  芋窪村  蔵敷村  高木村  奈良橋村
嘉永6年  60    1067   344     315   206    73    96     89
嘉永7年  61    2155   282     442   216    80    82     101
計      121   3222   626     757   422   153   178    190

       勝楽寺村
        146
        150
        296        ※単位=人(武蔵村山市史)

伐り出しが行われていた御林は中藤村から横田村にかけての一帯にありました。現在「かたくり
の湯」のある辺りです。御林には松・檜が植えられており、武蔵村山市史によれば、嘉永元年
(1848)段階での木数は14090本でした。

「御台場建設のための御用木の伐り出しは、安政5年(1858)に村側が提出した書上帳によれ
ば、嘉永6年・同7年・安政3年(1856)に行われており、この間に切り出された松木は3070本
に及んでいる。」(武蔵村山市史)

伐り出された松材は福生河岸まで車で運び、御林山伐出掛役人の検査を受けて、筏に組んで
流しました。さらに江戸の会所で検査の上、現場に引き渡されたのです。しかし、中藤村と殿ヶ谷
村から伐り出された丸太は曲木や細木が多く、御林山伐出掛役人から叱責を受けたとのこと
でした。

4 台場献金
台場の建設には莫大な費用が掛かりました。1番台場から6番台場までの予算は916491両
3分を計上し、財政難に陥っていた幕府は江川代官所を通して、支配下の村に献金を呼び
かけました。
狭山丘陵周辺では、所沢組合42ヶ村741両、蔵敷組合6ヶ村44両、田無組合550両の計
1335両が集まります。
蔵敷組合では蔵敷村7両、奈良橋村11両、高木村7両、宅部村5両、後ヶ谷村6両、廻田村
8両と献金しています。
後日、これらの献金に対して老中の阿部正弘から御褒美銀が割り渡されました。その金額は
蔵敷村7両に対して銀2朱593文でした。

5 台場建設の中止
嘉永7年(1854)1月16日、ペリーは蒸気軍艦3隻、帆走軍艦4隻の艦隊で再来日しました。
幕府側は林大学頭(復斎)を筆頭とする交渉団で挑み、日米和親条約が締結されました。
ペリーは人道的救援を名目に通商を行わせることが目的でしたが、幕府側は「下田・函館の
開港」「米船の寄稿と薪水給与」「下田の領事駐留許可」「下田・函館両港の遊歩区域の制限」
「再恵国待遇」のみを認めさせ、有利に交渉を進めたのです。
条約の締結により、予定されていた全11台場のうち完成したのは第1、2、3、5、6番台場で、
第4、7台場は建設途中で中止。第8以下の台場はまったく着手されないまま終わりました。

6 無宿者の取締り
幕府が開国に踏み切ったことは、日本の政治史の大きな転換点となりました。そんな中、東大和
周辺ではどのようなことが起きていたのでしょう。

近頃異国船度々渡来については、兼て領分知行へ人馬用意申し付けおき候面々もこれある哉
につき、この度異国船渡来の模様、承り候わば、壮健の者ども近々江戸表へ出で、自然無宿
悪党の者立ち廻り乱妨に及び御府内へも立ち入るべきやも計りがたく・・・・(中略)・・・・関内
場広の儀につき、猶悪党者不入込)まざるよう出口四か宿は勿論、支配所内脇往還入口村々
取締りの儀、厳重申し付くべき旨、本多加賀守殿より御代官方へ御達しこれあり候ところこの
意を得、支配所内脇往還入口村々は勿論、その余村々においても右の趣相心得、取締り方
厳重取り計らうべく候、尤も出役のものも差し出す義には候えども、村役人精々取締り致す
べく候。
                     江川太郎左衛門 寅正月16日 役所 
(里正日誌)
 ※本多加賀守は勘定奉行。出役は関東取締出役。寅は嘉永7年。

ペリーが再来日したその当日、代官所は幕府からの命令を村々に伝えました。つまり、異国船
来航の騒ぎに乗じて無宿人や悪党が乱暴を起こし江戸市中に立ち入るかもしれないので、四宿
(品川・千住・新宿・板橋)、脇往還の取締りを強化しなさい、ということです。脇往還は東大和
周辺でいえば青梅街道になります。
代官や出役からの要請に対し、村々ではこのように返答しています。

右の通り御取り極まり候上は、小前にても竹鎗・竹螺(たけほら)など用意致し置き、役宅におい
て盤木の音相聞こえ候わば、右鎗用意早速駆けつけ申すべく候、もし悪党共何方なり
とも押し来り候わば、竹螺をうち申すべく候、その節は一村の者ども兼て用意の具持参、駆け
つけ申すべき事。
この節異国船渡来の趣につき、その筋より在中取締方厳重の御沙汰につき、ありがたき義に
御座候、依りては農業渡世怠りなく専一に心がけ相励むべく候、然る上は御法度筋に携わり、
または人寄せがましき義、決して致すまじく候、もし心得違いのものこれあり候わば、その組合
にて相互に心づけ、急度取締り致すべく候、万一相背き候者これあり候わば、その組合一同
いかようにも御取り計らいなさるべく候、後日のため差し出し申す連印、件の如し。
 (里正日誌)

蔵敷村では「心得の事」として、村人52人が連署で名主の内野杢左衛門に差し出しています。
村にはかなりの緊張感が漂っていたことが想像されます。

もうひとつの事件は、次回です。

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漫画は2012年の再録です。
当時の記事はコチラ。
「黒船来航・・・その時、東大和は」(クリック!)


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