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104

随分と久しぶりの更新となってしまいました。
なかなか記事が書けなかったのは、前回までにもご紹介したように講座が近づき
その準備に時間をとられていることもありますが、それ以外にも理由がありました。

つい先日、ワタクシの祖母が亡くなりました。
死因は老衰。

祖母はずっと自宅で介護を受けていましたが、今月10日過ぎくらいから食べものを
取れなくなってきて、ワタクシも近所に住んでいるものですからなるべく見舞いには
行っていたのですが、先日の午前中に永眠いたしました。

祖母は大正3年(1914)生まれ。
8月に誕生日を迎えて104歳になったばかりでした。
大きな病気もなく、自宅での大往生であります。
誕生日には市役所からお祝いを持ってこられた方から「東大和市で現在2番目のご
長寿になられましたよ」と言われたばかりでした。

ワタクシは中学生まで祖父母と一緒に暮らしていましたので、祖母には思い出も沢山
あるんです。しかしながら、亡くなったときに出てきた感情というのは「悲しみ」よりも
「よく頑張ったね」という称賛の思いでした。
まぁ、例えていうなら、マラソン選手をゴールで迎える心境に近いかもしれません。

祖母は自宅で叔母や介護士の介護を受け、大きな病気もせず、物忘れはかなりあり
ましたが痴呆にはならず、亡くなる前日までは意識もハッキリとしていました。
そんな中で104年生きるというのは、人間が生きる限界に近いと思うのですよね。
真新しいノートに字を書いていって、最後のページまで真っ黒に字を埋めて、もう書く
場所無いよ、という所だと思うのです。
食べるものを受け付けなくなったとき、点滴でもすれば少しは寿命も延びたかもしれま
せんが、100歳を過ぎたときから本人の希望もあり、過度の延命措置はしないことに
していました。ただ、亡くなる前日から呼吸が荒くなったので、簡素吸入器だけは付けて
もらいましたが、そのまま眠るように逝きました。
老衰ってのは、ああいうのを云うんですね。

なんでも今の日本には100歳以上の方が6万人以上もいるそうで、104歳もそれほど
珍しくはないのかもしれませんが、ワタクシにとっては100オーバーの人間を側で見て
いるここ何年かは、奇跡を目撃している感覚でした。

葬儀が終わって荼毘にしたとき、火葬場の係員の方から「ものすごく立派なお骨ですね」
と言われました。「高齢になられると骨がもろくなって形が残らない方が多いのですが、
肋骨など薄い骨もしっかりと残っていますね。なかなか見られないですよ。」
確かに96、7歳のとき転んで腰を骨折したのですが、2ヶ月ほどの入院で復活しましたね。
若い頃からスポーツなど全くしたことがなく、いたってインドアの祖母でしたが、案外骨格
的にはアスリートに向いていたのかもしれません。
機会さえあれば、霊長類女子最強の称号を最初にもらっていたかもしれず、残念!

ということで、今月半ばからは、そんなことでバタバタしておりました。

しかし、大正3年生まれですよ。
新選組の永倉新八や斎藤一が亡くなったのが、同4年ですから、わずかの時間ながら
同じ空気を吸っていたことになるワケですよ。
やはり、奇跡だなぁ・・・。

メガ108

ちなみに祖母の出身地は茨城県。常陸国府のあった石岡です。
江戸時代は水戸藩の支藩府中藩(明治2年に石岡藩と改名)のあった所。
石岡には新選組から御陵衛士に移った鈴木三樹三郎(伊東甲子太郎の弟)の
お墓もあるそうです(東耀寺)。三樹三郎が亡くなったのは大正8年だから、もしか
したらリアルに道ですれ違ったりしてたかも知れないですねww
もう祖母の親戚も住んでいませんが、今度訪ねてみたいと思います。

「なんだー。このボタンちょっと押してみるんだな。うーん、なんだー。」



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#1618 No title
私の最愛の祖母も昨年亡くなりました。
イッセーさんのおばあさまより10歳程若かったですが、最後はスーっと深い呼吸をして、そのまま眠るように逝きました。
私はその臨終に一緒に居られて幸せでした。

イッセー様のおばあさまも家族に看取られて、最後にはお孫さんから「よくがんばったね」との気持ちを送られたなら、本当にお幸せだったのだと思います。

そうは言っても、長く一緒にいた方を(特に幼い頃大事にしてもらった方を)亡くしたのなら、その時々、思い出の折々に、寂しさを感じることもあると思いますので、どうぞ、お心をお健やかにお過ごしください。


幕末の志士の生きていた時代は随分昔のようにも思えますが、
彼らの「老い」まで目算に入れるのならば、
確かにおばあさまが生まれた時分。
まだ、そう手の届かない昔、というわけでもないもかもしれませんね。
#1619 甚左衛門さま
ありがとうございます。
今は通常の生活に戻り、毎日お線香を上げに行っています。祖母が最後まで暮らしていた叔母の家からは、レンタルしていた車椅子やら殿堂ベッドやらが引き取られて行き、なんだか部屋が広くなった感じです。
甚左衛門さんの仰るように、そのうち寂しさが募ってくるのかもしれませんね。

ところで先日、歴史同好の方と話をしていまして、その方は80歳を超えているのですが、お爺さんは嘉永生まれで西南戦争に従軍していたそうです。
確かに明治維新はそんなに昔の話ではないのかもしれませんね。

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