ロイヤル・ウエディングは助郷で

幕末最大の国内イベントっつったら、やっぱりアレでしょ。
徳川14代将軍家茂さんと、孝明天皇の妹和宮さんとのご成婚、超セレブ
ウエディングでしょッ!
よく言われているように、確かに政略結婚以外の何物でもないですし、たいてい
の小説やドラマは「悲劇の犠牲者」として和宮目線で描かれているモノが多い
ですよね。
でもホラ、そーゆーコトと民衆の興味というのは別モノですから。
みんな興味シンシン丸で、この世紀のウエディングを見守ったそうですよ。

だけど、その「花嫁行列」のルートに当たった土地の人たちと、その関係者は
けっこう大変だったみたいで・・・。
とまぁ、今回はそんなお話です。

将軍の所に嫁入りするんですから、和宮さんは京から遠路はるばる江戸へやって
くるわけです。
京と江戸を結ぶルートというと、真っ先に思いだすのが東海道ですよね。弥次喜多
ルートっすよ。でも和宮さんご一行はその東海道を通らず、内陸の中山道を通って
いったんですね。
東海道ってのは大きな川が多いんで、もし雨が降ったら何日か川留めになって
予定が大幅に狂っちゃう。それから横浜には外国人が歩いてるでしょ。もしも
外国人に「ハ~イ、ジャパニーズ・プリンセス・プリンセス!ダイヤモンドダネ~」
などと声をかけられたら、和宮さん失神しちゃいますよ。いや、嬉しいんじゃなく
恐怖のあまりね。
それから、朝廷・幕府が一番恐れたのが、尊攘派浪士がこの結婚に反対して
和宮さんを拉致するっていう噂があったんですね。ダスティン・ホフマン卒業計画って
いうんですけど(←当然ながらウソ)。

こういったことが理由で中山道がルートになったんですが、幕府としちゃココでいい
とこ見せて権威回復を狙ってたんでしょうね。その規模がスゴイ。ハンパないの。
江戸からのお迎えが勘定奉行以下1万人で京に上り、京からの付き添いは1万5千人
で江戸へ下る。2万5千人の大行列。
江戸時代に五街道が整備されて以来、最大規模の行列だと言われてます。

和宮ご一行は文久元年(1861)10月20日に京を出発。約3週間ほどをかけて
江戸へ行ったんですね。
江戸へ入る直前の11月14日。この日は埼玉県の大宮と浦和で休憩をとりました。
さぁ、ココからが今回の本題ですよ、奥さん!
前ふりが長いでしょ、このブログ。

江戸時代は助郷って制度がありましてね。
街道の宿場には必ず、幕府公用の荷物運びを引き継ぐ人足や馬が用意されることに
なってるんです。でも、交通量が多かったりすると、宿場で用意した人馬じゃ足りなく
なっちゃうでしょ。そんな時は、近在の村からお手伝いの人足や馬を供出させることに
なってまして、これが助郷です。
これはまぁ、一種の労働税みたいなモンですから、助郷になった村はその費用は全部
村の負担です。人足に選ばれた村人は朝馬を引いて宿場に行き、荷物を次の宿まで
運んで「お疲れさまっしたー」つって翌日帰ってくるんです。
ロケ弁なんて出ませんよ。弁当持参ですから。モロただ働きですな。

花嫁大行列が出発するひと月前、東大和市域を含む狭山丘陵の村々に、浦和と大宮の
宿場から廻状が回ってきました。
「この度、和宮様ご下向にあたりこの中山道をお通りあそばされる。その荷物継立ての
人足として定助郷、加助郷、大助郷と動員しても、人馬とも不足している。
そのため次にあげる村々を差村(さしむら)と指定して、当宿場への増助郷とするよう
道中奉行へ申し上げておいたので、前もって心得るように村々と話し合うことにした。
なお、追って奉行所からの許可状が出れば、心得たようにしてもらうので取り計らって
いただきたい。」


なにせ2万5千人の大行列だから、近隣の助郷を総動員しても人馬が足りないの。だから
こっちが指名する村々は手伝って。つーか、手伝え。
こーゆー内容ですよ。まぁー、上からマリコなお手紙です。
で、ご指名されちゃった村々ってのが、東大和・東村山・小平・武蔵村山・東久留米・
瑞穂・所沢・入間といった地域の村。
東大和でいうと、蔵敷村・芋久保村・芋久保新田・高木村が浦和宿。後ヶ谷村・宅部村・
高木村・奈良橋村・清水村が大宮宿からの指名を受けてしまいました。
高木村が両方に入ってますが、村を二つに分けて担当させたんでしょうか?

東京、埼玉の地理にちょっと明かるい方ならお分かりでしょうが、これら狭山丘陵の地域
は中山道からはかなり離れたトコロです。浦和や大宮だって相当距離がありますからねぇ。
こんな地域を指定するなんてかなりムチャだと思いますが、それだけ人手が必要だった
とは言えますわなぁ。

東大和市の後ヶ谷村の名主が後日、代官所に出した報告書を見ると差村の村々がどの
ように行動したかがわかります。
「私どもの村々はこの度、和宮様ご下向につき中山道大宮宿より、臨時助郷の指定を
受け、道中奉行酒井隠岐守様の許可状をいただきましたので申し上げます。
11月9日朝、村高100石につき人足3人づつ供出。
11月9日夕方、100石につき18人づつ供出。
11月11日早朝5時、御先下り御用として100石につき10人。
11月12日、大宮宿矢来詰として100石につき10人。
11月13日、桶川宿から同宿の矢来詰の上、板橋宿まで継通し100石につき13人。
11月13日、大宮宿矢来詰として100石につき5人。
11月14日夜、板橋宿へ雇上として100石につき4人。
11月15日、100石につき1人。
11月16日、大宮宿矢来詰として100石につき1人。
都合、村々の村高100石につき47人づつ、いずれも人足10人を一組と定め、リーダー
1人づつ付き添えて、行列の御用に差支えがないよう取り計らい、その他臨時人足を宿場
より指定場所へ差出しました。行列の当日はもちろん、御先下り御跡下りとも滞りなく
継ぎ立ての御用を勤めて帰村いたしました。」

※矢来・・・竹や丸太で作った臨時の柵

11月9日から16日まで9回出動しています。どの道を通って大宮や浦和まで行ったん
でしょうかねぇ。しかも、11日のように朝5時までに大宮に着くには、どれくらいの時間に
地元を発ったんでしょうか。今、自動車を使ったって1時間じゃ行けませんから、歩いて
行くにはツライですよね。
預所のときもそうでしたけど、お上の御用でけっこう遠くに行かされてますね、ウチの村民。
これが旅行だったらいいんですけど、仕事ですからねぇ・・・。
ところで、経費はどれくらいかかったんでしょうか?
先ほど書いたように人件費などは村々の負担でした。
東大和市域での記録は見つからなかったんですが、東村山市史にこの時の廻り田村の
経費が記載されていました。
しめて82両2分2朱と銭809文。まぁ、1両が10万円と換算すれば約830万円。
・・・ツライわぁ。

20121222.jpg

家茂さんは甘いものが大好きのスイーツ将軍だったそうです。
天璋院さんは大河ドラマでの宮崎あおいさんのかわいいイメージが
大きいですが、毎晩の晩酌は欠かさなかったそうですよ。
さすが、鹿児島の人ですね。




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コメント一覧

#107 No title
今測ってみたら、東大和から大宮まで、直線距離でも25kmほどありますね。これだと行くだけで6時間以上は確実に掛かりますから、助郷に出ている間は宿泊でしょうね。やっぱり野宿かな。

家茂は鼻が高かったと言われてますけれど、その特徴を上手く出してますね、漫画。
#108 No title
こんにちは。。

おめでたいこととはいえ
そんなに遠い場所にまで駆り出されると
大変ですね…
しかも経費は村もちだなんて
当時の人たちは相当忍耐強かったのですね…
今ならそんなこと絶対住民が納得しないことも
通用していたのですね…
#109 kanageohis1964さま
ありがとうございます。
どのルートを通っていったかわからないのですが、泊りで
行ったことは確実でしょうね。
具体的な人数では、例えば11月10日には後ヶ谷村は32人
の人足を派遣していますが、廻り田村では121人もの派遣
がありました。
宿場はかなりの人で溢れ返ったことでしょうね。
#110 あんこりんさま
ありがとうございます。
江戸時代、農村の負担が大きかったのがこの助郷制度なん
です。なかなか知られていない事ですけどね。
幕末期はこういった負担がかなり増えたために、やがて
一揆などが起きちゃうんです。

みーたんちゃんの様子はいかがでしょうか?
#111 桶川宿での部屋、柱を朱色でもてなし
 11月13日、和宮が宿泊された桶川宿の陣屋、和宮の部屋の柱が朱色になっています。婚約を振り切らざるを得なかった有栖川宮のことを想い、これからの江戸の生活を考えるとき、16歳の和宮がどのような気持ちでこの部屋で一夜を過ごしたのか、吐息が聞こえるほど、感慨深いものがありました。
#112 野火止用水さま
ありがとうございます。
ぜひ、その陣屋を見てみたいですね。
和宮さんは100%政略の「犠牲」になったわけですが、
維新のときは徳川家の存続に尽力しました。
よほど家茂さんがいい人だったのでしょうね。
増上寺に家茂さんと二つ寄り添うように並んだお墓を
思うと、それが救いです。
#113 No title
こんにちは。。

イッセーさん…
ご心配くださって本当にありがとうございます。。
大丈夫ですよ。。。
イッセーさんのお宅の猫ちゃんは
お元気ですか。。♪
寒い日が続いて猫もじっとしていることが
多いですね…(笑
本当にありがとうございます。。。イッセーさん…

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