農兵訓練の栞⑤

「農兵訓練の栞」は第五部へと続いて行きますが、ここではそれまでの「第一教」など
のように小見出しのタイトルがつけられているわけではなく、およそ3ページに渡って
「半小隊ヲ造ル法」について書かれています。

半小隊から、さらに「四半小隊ヲ造ル」と記されていたりして、さらに複雑な動きを
していたのだなぁと思いますが、実際にその動きを目で見てみないとイメージしにくい
ところはありますね。

今回ご紹介したいのは、その次の項目です。

DSCF0549a.jpg

「銃槍使用号令」です。
農兵たちの扱っていた小銃は、銃剣付きの銃であったことがわかります。

たしかに、以前「東大和郷土博物館」の「幕末展」に展示されていた、市内に現存する
ミニエー銃には先端に剣が付いてあるものがありました。

IMG_0253a.jpg
IMG_0254a.jpg

展示案内にもあるように「銃剣」が一般的ですが、斬ることよりも突くことに特化した「銃槍」
が正しい名称のようです。栞にもそう書いてあります。
Wikipediaによれば、「銃剣・銃槍」は幕末期に西洋銃と共に輸入されたものの、当時の日本人
は白兵戦では日本刀を使った方が戦いやすかったようで、普及したのは明治維新後だと
あります。
「戊辰戦争絵巻」などを見ると、薩摩や長州の兵士たちが銃槍の付いた小銃を担いで行進
している絵が描いてありますので、そのくらいの時期からなのでしょう。

おそらく武士としては剣術の修行もしているだろうし、心情的にも刀で戦いたいというこだわり
があったのかもしれませんが、近代軍制の中心となる歩兵は農民・町民が含まれていますから
銃剣・銃槍を受け入れやすかったのかもしれません。

ということで、農兵もこの銃槍で戦う訓練を指導されていた、ということのようです。

DSCF0550a.jpg
DSCF0551a.jpg

突くだけではなく、防御方法もしっかりと。

DSCF0552a.jpg

ワタクシが以前、博物館でこのミニエー銃を見たときはそれほどの関心をもって
銃槍を見たわけではありませんでした。
「農兵は西洋銃を使って訓練をしていた」という部分の方ばかりが頭の中で、クローズ
アップされていたのですが、こうして追っていくと、ただ単に射撃訓練をしていたのでは
ないということが、ますますわかってきます。

メガ89


「なんだー。このボタンちょっと押してみるんだな。うーん、なんだー。」



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#1539 銃剣は勇者の武器
十歩譲って「農兵」という言葉を知っていたとしても、
彼らが「銃剣」を用いていたことを知る人間は、ほとんどいないのじゃないでしょうか。私も今まで知りませんでした。このブログを見るまで、ミニエー銃単の射撃訓練が主だと思っていました。

「銃剣は勇者の武器」(「銃剣は正直だ」とも)はロシアの無敵元帥スヴォーロフの言葉ですが、当時の銃は命中率が低く当らなかったそうで、刺突が重視されたそうです。農兵の受けた訓練は、本当の白兵戦格闘術だったことが、この栞でよくわかりました。江川は(その是非はともかく)完全に「兵」を作ろうとしていたのですね。正直驚きです。
#1540 甚左衛門さま
ワタクシもこの記録に出会うまでは、甚左衛門さんと同じく、射撃訓練が主体だろうと思っていましたので、驚きました。
たぶん、この栞を見ただけでも信じられなかったと思うのですが、実際に銃剣付きのミニエー銃を見ているだけに説得力があります。
当時、農兵がどのような目的を持たされていたのか、考えることがまだまだありそうな気がしています。

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