ぬか闘争

まぁ、やってみて初めてわかるってコトはよくあることですが、貿易にしても
そうだったんですな。
江戸時代は江戸問屋中心の流通システムでしたが、開港してからは輸出用
の品々が直接港に運ばれるようになり、そのシステムが破たんしてしまいます。
港では国内市場よりも高値で取引が行われたために、物価もアゲアゲ。
さらに輸出超過で生糸などの国内物資が不足。金銀の交換比率の問題もあって
経済は大混乱。
「こうなったのも、みんな外国人のせいなんじゃーッ!
 条約を勝手にした幕府も悪いんじゃーッ!
 WBCになぜ出ない日本人メジャーッ!」
ってことで、世の中はますます攘夷に傾いていきます。

それまでは「生理的に受けつけないの」という精神的な攘夷論だったのが、「私
にも生活があるのよッ」という経済的な攘夷論に移ってきたとも言えますね。

世の中はそんなカンジ。
しかし、江戸より約10里ほど離れた農村の東大和市域では、これまた農村
ならではの問題に直面していたんです。
幕末も俯瞰で見れば外国人がどーしたとか、浪士が斬りあったとか、竜馬が
ニッポンを洗濯するぜよ!とかなんでしょうが、ミクロの視点で見てみると
違う幕末が見えてきます。

江戸時代、農村は米を生産して領主に納めていたわけですが、東大和市域の
ような慢性的に水が不足している所は、土地の評価が「下下田(げげでん)」
などとランクされちゃうんです。
げげでんですよ。げげ。
なんか鬼太郎や青空球児が出て来ちゃいそうでしょ。ゲロゲーロ。
こんな所でとれた米はお上もイラナイって言って、税は金納にさせるんです。
だから農民は畑で他の作物をつくり、それを売って税にあてるというわけ。
でも、土地そのものがやせてるので、何か作るったって肥料をたくさん土にまぜ
なければ何にもできないんですよ。大変だーね。

江戸時代も最初の頃は草を刈って堆肥にしてたんですが、時代が下がってくる
ともっと効果の高い肥料が登場してきます。干鰯とか油粕などがそれで、こう
いう肥料を作る業者が出てきます。農民たちはお金を出してこの肥料を買うわけ
ですな。だから、この手の肥料を金肥(きんぴ)って言います。

東大和市域では、この金肥はを使っていました。
この糠には大坂糠、尾張糠といった西から入ってくる下り物と、江戸周辺で生産
される地回り物があり、どちらの糠も購入していたようです。

さぁ、話はココからなんですが、次第に糠業者がコスい手を使うようになるんですな。
糠の値段を上げてくるわけです。足もと見やがってッ!
まぁ物価の上昇は多少仕方ないとしましょう。でも許せないのはここからッス。
糠の品質まで落としてるんですよ!肥料にもならない混ぜ物いれて、量をごまかし
てやがったんですよ、業者のヤツら!アニキ、何とか言ってくださいッ。
こいつァ許せねぇでしョ!

実は遡ること70年前の寛政2年(1790)にこういう事がありまして、入間郡50ヶ村
の村々がお上に訴えたんです。この運動が川越藩や田安領などにも広がって、幕府
は糠業者に値下げと品質改善を命令しました。
そして、70年後の安政6年(1859)。
またまた同じような糠の値上がりと品質悪化が目立ってきました。
「寛政の頃のように、またお上に訴えるべえ」
ということで今度は多摩・入間郡56ヶ村に、入間・新座郡22ヶ村の村々も加わって
訴願運動が起こります。
この惣代の一人に「里正日誌」の主人公・蔵敷村名主の杢左衛門さんが入っています。

「近年下り糠のうち尾張糠にも混ぜ物が多いです。しかも、最近の糠相場は高騰し、
金一両につき尾張糠は八斗入の俵で2俵3,4分。江戸糠は7斗入の俵で3表4,5分
くらい。しかも江戸糠は7斗入のところ、正味升目5斗5,6升しかありません。
また、江戸で下り糠同様に仕立てた地巻(じまき)という糠は8斗入のところ、正味
7斗ぐらいしかありません。
ことに江戸糠には粟・キビ・麦・籾糠・櫛挽粉が升嵩み(かさみ)に加えられ、また、
重さを増やすために房州砂・赤土・御蔵前あたりの虫粉などが多く混ぜられ、全く
肥料にならないのです。
実に難渋したので、先年尾州表糠問屋大鐘屋藤七、鍵屋八郎兵衛に相談し糠をまと
めて購入して百姓たちへ分配したところ、とても土に良く、麦作その他も一様に実りが
良かったが、先方の都合が悪く現在は取引がありません。
その時の糠の様子からは、上方で混ぜ物を加えて回送しているとは思えませんが、
江戸表はもちろん在方にも混ぜ物を取り扱う業者がいるとの風聞があります。
右のような糠では、作物を植え付けて育てても根元に虫がついて食い荒し全滅同様に
なってしまいます。全く混ぜ物があるからだと思われます。何とも迷惑至極のことで
あり、このままではゆくゆく支障をきたすと思われますので、なにとぞご慈悲をもって
以後正しい糠を仕立てて、収穫される穀物に見合わないような高値で売らないように
命じていただけますよう、ひとえにお願い申し上げます。
右の願いの通りお聞き下されば、百姓どもは助かりありがたく幸せに存じます。よって
村々一同連名捺印のうえ願い上げます。以上。」

※籾糠(もみぬか)・・・もみがら
 櫛挽粉(くしひきこ)・・・材木をノコギリで挽いたときに出る木屑

私は農業ド素人ですが、量が少ない上に赤土や木屑が混じった肥料では、まるで
価値がないというのはわかりますよ。
ことは税収にも影響する問題ですから、お上は適正な判断をしてくれると、当然村人
たちは巨人ファンが阿部のホームランを待つのよりも、当然高い期待値で待っていた
と思います。

ところが、どっこい大作。
2年も待った末の文久元年(1861)5月、お上は村々の訴願を却下とする旨を
言い渡します。
「えぇ~~ッ、マジで!?」
村民の驚きとガッカリは尋常じゃなかったと思います。

「糠の売買については先年の指示もあるので、糠問屋たちが問題を起こした時には
十分に話し合い、以前の通りに修正させ、もし不当を言い張るようであれば目安掛り
で幕府に訴えるようにとのこと、了承いたしました。
よって、本来であればすぐに願書を下げ戻しを願うべきところですが、村々では願書
を申し上げたので、すぐにもご憐憫のお沙汰があり、糠の品質も改善され作物の実り
も良くなるだろうと、一同楽しみにお沙汰を待っています。
すぐさま願書の下げ戻しを願い出て帰村すれば、村々の者たちは驚き歎き悲しむで
しょう。このうえ残念なことがないように、ご理解はしていただけていると村々の者たち
へ一応申し聞かせ、そのうえで願書の下げ戻しを願いたいと思います。
何とも恐れ入ることでございますが、なにとぞお慈悲ご理解をもってお話いただいた
ことを村々へ伝える間、来月5日まで願書の下げ戻しをご猶予願います。以上。」


明らかなヒドイ違反がない限り、当事者同士で話し合って解決しなさい、と言われた
ようですね。
そのお達しに対して、杢左衛門さんが出した書状が上の文章です。
まぁ、やんわりとはしていますが、ギリギリまでネバろうとしている杢左衛門さんの
気持ちが表れていますよね。

物価の問題に対しては、一番最初に書いたように幕府は貿易がらみの一件で相当
神経を遣っていたと思います。
ハッキリ言っちゃえば、「肥料の問題なんかにかまってられないよ!」っていうのが
幕府の本音だったんじゃないでしょうかね。
でも、幕府のこうした細かい部分のケア不足が、やがて慶応期に入って世直し一揆を
引き起こすことになるのです。

20121210.jpg

源さん、こと井上源三郎は後の新選組大幹部ですが、実家は近藤さんの
言うように八王子千人同心です。
同心と言っても、中村主水のような町奉行所同心とはチト違います。
千人同心は甲州路の守りとして武田家の遺臣によって組織されましたが、
武士としての身分は低く、通常は農業に従事していました。
井上家は日野に住んでいましたが、このように八王子だけではなく周辺の
多摩地域に住んでいた千人同心も多かったようです。
特に江戸時代後半になると「千人同心株」が売買されるようになり、広範囲に
広がりました。東大和市にも千人同心となった家があったようです。




スポンサーサイト

トラックバック一覧

コメント一覧

#97 支払いは駄賃稼ぎで
 代金の支払いが問題だったようです。調べの最中ですが、東大和市内で最古の馬頭観音は寛政3年(1790)のものです。村山貯水池に沈んだ内堀に建てられました。

 正面中央に文字で「馬頭観世音菩薩」、左に「天下太平」、右に「日月清明」
 左側面「武州多摩郡 内堀村中 願主 内堀金左衛門」
 右側面「寛政三辛亥年四月吉祥日」と銘が彫られています。

 二日かがりで江戸まで薪炭などを運び駄賃を稼いで、糠・干鰯代金に当てたと思われます。労賃と肥料の価格がアンバランスになったとき、次のうねりが起こったのでしょう。次を期待しています。
            野火止用水


 


#98 No title
こんばんは☆

お金を出してまで肥料を買って
農業をなさっておられたのですね。。
その肥料に不要な混ぜ物入れるなんて
ちょっと許せないことですよね。。。
ぷんぷん!
#99 野火止用水さま
ありがとうございます。

東大和市域などでの農村の暮らしを考える上で、
農間稼ぎは欠かすことのできないポイントですね。
駄賃稼ぎと馬頭観音の関連は、とても興味を惹かれ
ます。
#100 あんこりんさま
ありがとうございます。

いつの世にも、人を騙して商売をするヤツはいるん
ですねぇ・・・。
野火止用水さんのコメントにもありますが、肥料の
代金がどんどん負担となり、生活ができなくなって
いったお百姓さんたちが、この後に次々と出てきて
しまうんですね。
#101 No title
訪問、ありがとうございます。

う~ん、すごい知識、わかりやすいし、勉強になりました。

マンガも、ご自身で描かれているんですよね。
面白い!

また来させていただきます<(_ _)>
#102 遠い音楽さま
ありがとうございます。

わかりやすい、と言っていただけるのが一番うれしいです。
漫画も新選組になってるんだか、なってないんだか・・・
なんですが、自作です。
また、ぜひ遊びに来てください!

コメントの投稿

名前

タイトル

メールアドレス

URL

本文

パスワード

非公開コメント管理者にだけ表示を許可する