新選組漫画 158 桜が満開です!

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新選組は京都でお花見なんてする余裕があったのでしょうか?

トシさんらの故郷日野宿寄場組合の大惣代である連光寺村の名主・富沢政恕は、
地頭(旗本領主)の天野雅次郎が将軍家茂に伴って上洛するさいに、天野の用人と
して同行しました。富沢は京都に滞在していた期間のことを「旅硯九重日記」という
記録に残しています。

この日記によると、元治元年(1864)3月3日に土方歳三、井上源三郎、富沢の
3人で清水寺に参詣し、祇園の茶屋で花見の酒宴を開いたとあります。
3月3日は花見には早いんじゃね?と思われるかもしれませんが、この日は現在の
カレンダーに直せば4月8日となり、まさに桜の花満開の時だったでしょう。
日記には「如今桃花盛りにして、桜花屢開き初め、春色うるはし」とあり、桃の花は
真っ盛りで、桜の花が早くも咲き始めたと言っています。
幕末ですから、桜はやはりソメイヨシノでしょうか?


東大和市の多摩湖も桜の名所であります。

IMG_1345a.jpg 多摩湖周囲道路の桜

多摩湖周囲の桜は、昭和8年に当時の東京市長・牛塚虎太郎が私財1万円を出して
数千本の桜を植え、さらに昭和9年に服部時計店(現セイコー)の初代社長・服部
金太郎が亡くなると、翌10年に遺族が1万本の桜を寄贈して植えたといいます。

ところでソメイヨシノは「花見桜」の中心的な桜ですが、一方で「てんぐ巣病」などの
病気に弱く、樹齢も60~70年ほどと短いのが欠点と云われています。
多摩湖周囲の桜も老齢となり伐採が進められ、10年ほど前と比べるとかなり寂しい
本数に減ってしまっています。
正直な話、現在は「桜の名所」と胸をはっては言えないかも・・・。

IMG_1344a.jpg 多摩湖堤防入口

現在はこのように、所々に桜の若木が植えられています。
これらの木々が育って、また満開の花を咲かせてくれることを待っています。

病気に弱いソメイヨシノに代り、公益財団法人日本の花会では2009年からソメイヨシノ
の苗木販売を中止し、替わって病気に強く花や開花時期がソメイヨシノと類似するジンダイ
アケボノという品種への植え替えを推奨しているようです。
ジンダイアケボノは1991年に認められた新種の桜だとか。
上の写真の若木は、どちらなのかなぁ?
今度調べてみます。


「なんだー。このボタンちょっと押してみるんだな。うーん、なんだー。」



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#1421 花顔柳態競春色
新選組の面々が花見をするとしたら、ご紹介のような接待の席でしょう。
『旅硯九重日記』によると、同月5日にも桃花の宴、11日にも花見の酒宴を、島原で催した様子。11日のほうには「廓中桜花盛にして出口の柳ミとり也」とあります。
ただ、サクラの品種は当時も多くあったようですから、特定はしがたいですね~。

品種ごとのいろいろな特長を楽しむためにも、万一の事態に備えるためにも、多様性を図っていくことが良さそうに思えました。
#1422 東屋梢風さま
ワタクシは、土方と井上が富沢を接待するこのエピソードが好きなんですよ。「鬼の副長」のイメージからは、酒宴で接待するなんてちょっと想像しづらい絵ですよね。
しかし、多摩の名士には礼儀を尽くすこのエピソードは、日野宿と新選組の関連を考えさせる一片として、とても貴重な話だと思っています。

本日は4月7日。一日冷たい雨でした。
東京の桜(ソメイヨシノ)も終わりですね。

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