新選組漫画 144  佐藤彦五郎忌2015年

先日の9月12日、東京都日野市の大昌寺にて、旧日野宿の名主だった
佐藤彦五郎の法要、「彦五郎忌」があったので、ワタクシも参列
させていただきました。
ご存知の方も多いと思いますが、佐藤彦五郎は新選組副長・土方歳三
従兄弟であり、義兄であります。

午前11時からご住職の読経がはじまります。
あらかじめ参列の予約を入れておきましたので、本堂に入れていただき
ご焼香をさせていただきました。

IMG_1073a.jpg 大昌寺本堂

DSCF7270a.jpg

ご焼香を済ませて、ご住職の話、佐藤家ご当主のご挨拶のあと墓域に行き
お墓に手を合わせました。
こちらのお墓は佐藤家代々のお墓で、土方歳三の姉(彦五郎の妻)ノブさんも
眠っております。

DSCF7131a.jpg

安らかにお眠りください。幕末から多摩の近代を切り開いていただきありがとう
ございます。
彦五郎日記の文久編が早く見つかりますように!

このあと場所を近くの会場に移して、新選組関連の講演会が催されました。

IMG_1074a.jpg

講師は新選組研究家の清水隆さん。
お題は「沖田総司の書簡」と「殉節の人・山南敬助」。

・・・てことで、今回の「新選組漫画」はこんなカンジ。
20150917.jpg


沖田総司の書簡・・・というのは、ファンの方ならよくご存知の、佐藤彦五郎に宛てて
書いた一通で山南敬助の死を伝えている書簡です。
山南敬助の死については、永倉新八や西村兼文(西本願寺の寺侍)も書き残していて、
それが脱走の末の切腹だったことがそれらの手記からわかっています。
しかし、永倉や西村の手記は明治以降に書かれたもので、当時のリアルタイムで山南
の死を伝えるものは、この沖田の書簡と、山南が眠る光縁寺の過去帳にしかないそう
です。

しかし、沖田は手紙の中で「山南兄去月廿六日死去仕候間就而もつて一寸申上候」
としか書いておらず、何が原因でどのような状況だったのかなどには、一切触れて
いません。
日野の人たちとも親交が深かったという山南さん。沖田も何と書いていいのか悩んだ
のではないでしょうか?

ところで試衛館道場に食客として住み付いていた山南、永倉、原田左之助、藤堂平助
らのうち、多摩に師範代として稽古を付けに来ていたのは山南敬助だけです。
彼の流派は「小野派一刀流」ですが、試衛館の師範代として派遣されていたという
ことは、免許こそ取ってはいないものの近藤周斎や勇が認めるレベルで天然理心流の
剣技も習得していた、ということなんでしょうかね。
とすると、「新選組で一番強いのは誰か?」という話題では、しばしば沖田や永倉、斎藤
一の名前が挙がりますが、山南もかなりの実力があったのではと思うワケです。

最後に。
佐藤家の親戚、有山家が今年の春頃からカフェを開いたそうです。
お店の名前は「花豆」さん。
ランチの時間にそちらで食事をしてみました。
日野用水が目の前に流れる、なかなか素敵なお店です。

DSCF7274a.jpg

フツーの家を改装した店内がアットホームな雰囲気ですが、テラス席もあって気持ち
よく食事がいただけます。
この日は大きい野菜や牛肉がゴロゴロ入った「野菜カレー」を食べました。
美味しかったですよ。
写真撮るの忘れたけどね。

日野散策の楽しみが、またひとつ増えました。


「なんだー。このボタンちょっと押してみるんだな。うーん、なんだー。」



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コメント一覧

#1296 お疲れ様でした
当日お目にかかれて良かったです。

清水隆先生の書簡解読講座、
3年ほど前にも佐藤彦五郎新選組資料館で開催されました。
土方歳三の元治元年4月12日(推定)の手紙がテーマで、やはり勉強になりました。
またこういう機会があればありがたく思います。

山南死去の件、沖田総司が手紙に詳しく書かなかったせいで、
その後に江戸下りした土方歳三は、郷党の人々からあれこれ尋ねられて
困惑したのではないでしょうか。何と答えたのか、はたまた答えなかったのか……

山南は、試衛館の食客ではなく、正式に入門した門人だという説があります。
多摩へ代稽古に行っていることも、その根拠と考えられているようです。
少なくとも、天然理心流との関わり方が永倉や原田らとは異なる、と言えるでしょう。
岩城升屋事件で負傷しなかったら、実力がもっと後世に伝わったかもしれませんね。
#1297 東屋梢風さま
こちらこそ、お会いできてうれしかったです。
「花豆」を紹介していただき、ありがとうございます。

山南は正式な門人とする説、ワタクシも一票いれたいと思います。
でなければ、近藤勇の先輩格に当たる小島鹿之助や佐藤彦五郎、井上松五郎らがいる道場に稽古をつけには来られなかったでしょう。
短期間で剣技を習得したことなど、器用な面も持ち合わせていたのでしょうか。

もう少し長く生きていたら、もっと詳しい実力がわかっていたでしょうね。

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