関東取締出役事件控 窃盗編

廣瀬鐘平さんの関東取締出役事件控。
最終回の今回は窃盗・強盗です。
江戸時代の犯罪はやはり窃盗が一番多かったようですね。
廣瀬さんの報では、盗みが2件、押し込みが1件、切り解きが1件となって
います。
切り解きとは、人の荷物をスキを見て持って行ってしまうという犯罪です。
荷物を刃物で切って中身だけ奪っていくので、こう言うのでしょう。
江戸時代ならではという手口ですので、今回はこちらをご紹介しましょう。

「 上州堀エ村
   非人小屋頭万蔵倅太次郎 こと 伊三郎 馬30歳

右の者を問い質したところ、親の万蔵は弾左衛門の配下で上州堀エ村非人小屋
の頭をしていました。家族3人暮らしで村内より扶持方をもらい受けて、火の番を
勤めておりました。の
伊三郎は万蔵の元で仕事を手伝っていましたが、身持ちが悪く、度々意見などを
受けども聞き入れず、12年前の弘化4年(1847)2月中に無沙汰となり、欠落
しました。」


と、先ずはいつものように被疑者のプロフィールの書き出し。
続いて事件の内容ですが、この一件についての書状はとても長いので、一部を
抜粋しながらご紹介いたします。

「常州石塚村出身の伊三郎と申す者であると偽り、身分を隠して渡り馬士
して街道の所々に立ち回っていたところ、知り合いとなった日光道中間々田宿の
馬士を営む善吉方へ卯の年(安政2年・1855)6月に手紙を出し、善吉を請け人
として同宿場の旅籠屋安兵衛方へ馬士として雇われ奉公した。
その年の7月9日夜、江戸室町にある京屋弥兵衛の飛脚荷物5駄と、それに付き
添う見張り番が旅籠屋平吉方に泊まりに来た。

翌日10日の朝、勘定のとき安兵衛方に伝馬役が当たったので、申付けを受けて
伊三郎は七ツ半(午前5時)頃に平吉方へ馬を引いてきた。
荷物のうち1駄分は筵(むしろ)包み4個、渋紙包み1個の都合5個を馬に付けた。
見張り番はあとに残り、他の荷物の勘定の手配をしていたので、伊三郎は一人で
先に馬を引いて道中を野木宿へ向かった。

その途中、伊三郎は何気なく過去のことを思い返してみた。非人の身分なのでこれ
まで一般の人の間に入ってきてはみたが、これから身寄仲間から見咎められては
どうなるかわからないと考えながら野州の友沼村に通りかかった。
その折、ふっと悪心が出て、付けてきた渋紙包みは金子に違いない、これを奪って
国境を越えてしまえば、気がかりすることなく一般に交わることもできると一途に
思った。」


太次郎は名前や身分を偽って伊三郎と名乗り、フリーの馬子になっていたようです。
しかし、安定した収入が欲しかったのでしょうか、知り合いとなった者の紹介で間々田
宿の雇われ馬子となりました。
江戸からの荷物を一人で運ぶことになったことから、ふいと悪心が芽生えてしまった
ようですが、しかし荷物だけ先に行かせた見張り番もどうかと思いますよ。
危機管理精神が著しく欠けていると言われても仕方ありません。なんでこんなヤツを
見張り番にしたのでしょうか?

「同村の街道から2丁(約220m)ほど西の人家から離れた山林へ馬を引き入れ荷物
を降ろし、網入れにした渋紙包みを背負って、この場所からなお1丁(108m)ほどの
林の中で切り破いたところ、およそ600両ほどもあったが、全部は持って行けない。
このうち1分銀25両包みを8つ、200両を奪い取った。
持っていた胴巻へ隠し入れて持ち逃げ去り、越後国塩沢辺りへ向かった。」


有り金全部ではなく、細かいお金で200両だけ取っていくという手口。伊三郎は手馴れ
ているのかもしれません。
まぁ、当時は紙幣ではなく金貨・銀貨ですから、600両全て持って行くのは一人では
困難だったのかもしれません。
事件発覚後、役人が捜索すると、友沼村の現場から残りの530両3分が残されている
のが発見されました。

「それより、伊三郎は高田郡新潟辺りや、そのほか所々立ち回ったが、一時に多額の
金を使えばたちまち犯罪が露見してしまうと思い、神社の縁の下へ埋めて隠し置いた。
少しづつ4年間に渡って残らず酒食に遣い捨てたと思われることもなく、やがて関東筋
に立ち戻ったところをこの度召し捕えたことである。
この他に悪事に携わったことはないとの旨を申すので、口書きを差し出し申します。」


一度に豪遊するでもなく、少しづつ使うところなど性格的に計画的・几帳面な印象を
受けますね。もし、関東に戻ってこなければ、そのまま逃亡し切れたかもしれません。
けど、盗賊ってホントに盗んだ金を神社の縁の下に隠すんですね。

伊三郎が捕まったのは安政5年(1858)のこと。日付はわかりません。
火付盗賊改・豊田藤之進配下の与力、堀荘右衛門が捕縛しましたが、関東取締出役
が兼て追っていた犯人ということがわかり、6月14日に廣瀬さんにその身柄が引き
渡されました。
そこから例によって、丹念な身元調査が行われるのですが、今回は広瀬さんがすぐに
捜査に入れない事態となってしまいます。
それは、なぜか?
廣瀬さんの報告書を見てみましょう。

「この度差し出しました上州堀エ村の非人伊三郎について、京屋弥兵衛の飛脚荷物を
切り解いて奪い取った金子を越後国へ持って行き使い捨てたことを申し立てたことです。
伊三郎の証言を引き合い、先々で取り調べたことを本多加賀守殿へ伺い奉るところで
すが、6月18日の御付札をもって御下知があり、関東の内外を一通り探索するには
決め難いこととなりました。

捜査中に異国船が渡来してきたので、私(廣瀬)は神奈川宿へ
詰め切りになってしましました。
この御用を済ませて引き続き取り調べを差し出すべきことはもちろんなのですが、その
頃ほかに差し掛かった御用もありました。
その上、囚人を武州川越役場の仮牢に預けていたのですが、悉く湿毒を発症して臥せ
たまま立つことも難しくなったので、専ら療養中であり、役場より申し越した事情に悩み、
取り調べも出来かねると聞きました。
特にその頃は探索も行きかねることもあり、仕方なく過ぎてしまいました。」(以下略)


廣瀬さんは捜査の途中で、異国船来航のため警備の仕事が入り、捜査官としての任務
を一時中断しなければならなくなってしまいました。

安政5年6月といえば、ちょうど日米修好通称条約が結ばれたときです。条約の調印は
神奈川沖に停泊されたポーハタン号の上でしたから、神奈川の警備に多くの役人が
差し向けられたのでしょう。

廣瀬さんは神奈川警備を解かれた後に捜査に戻り、裏付け捜査を完了させ12月12日
に報告書を提出しています。
幕末、外国との交渉は、こんな所にも影響を与えていたのですね。

メガ30
犯罪者を取り締まるための八州様までが警備に借り出されちゃうんだからね。


「なんだー。このボタンちょっと押してみるんだな。うーん、なんだー。」



にほんブログ村 歴史ブログ 幕末・明治維新へ
にほんブログ村


にほんブログ村 漫画ブログへ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ


スポンサーサイト

トラックバック一覧

コメント一覧

#1079 黒船
こうやって身近な情報からたどっていくと、幕末期に村落の治安が自治に任されるようになった理由が、実は黒船来航にあったことがよくわかります。
それにしても八州廻りまで集めたところで、意味無いだろうに…
とにかく「数を合せる」ってのが、今も昔もお役所・お上の基本的姿勢なんですねえ。
#1080 治安悪化
見張り番の油断ぶりは職務怠慢と言わざるをえませんが、
こういう悪事を働く馬子がおそらく従前にはいなかったのでしょうね。
そして、警備の人手が足りず八州廻りまでが投入されたのも
それまで治安が良くて必要性がなかったことの証左、と言えるかもしれません。

このような調書をご紹介いただくと、その後の裁判、特に量刑についても興味が湧きます。
伊三郎のように、職務上の立場を悪用して窃盗を働くと
単純な空き巣やかっぱらいより罪が重くなるのだろうか?などと想像しました。
#1081 管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
#1082 甚左衛門さま
江川英龍が農兵を献策したのは海防のためでしたが、もしかするとこのような事態も想定していたのかもしれませんね。
だとすれば、幕府が文久3年まで農兵の設置を待ったのは、やはり先が見えてなかったという所でしょうか。
#1083 東屋梢風さま
見張り番のスキを突いて、伊三郎が出立してしまったようですが、見張りを一人しか付けなかった店にも責任はあるでしょうね。

東屋さんもご存知のことと思いますが、当時は被害者にも落ち度があった場合は加害者の量刑が減らされるケースがありましたね。
今回も見張り番が付いていれば伊三郎も犯行に及ばなかったと言えますが、盗んだ金額が多いですし。罪は重かったでしょうね。
最終的にどのような量刑が出たのか、そこまで書いてあるといいのですけどね。
#1084 No title
お店の人も信頼しきっていたのでしょうか。
今でいう業務上横領罪というものかしら。
黒船対策でかり出されちゃうのは、現代で言えばサミットなどで警察官が全国からかり出されるのと同じですね。
もしかしたら、今でいう平和ボケというのに似ているのかもしれません。
ことが起きてから対策では遅いですね。
面白い話をありがとうございます。

#1085 美雨さま
よくドラマや芝居などで、街道の駕籠かきが客に法外な料金をふっかける話がありますけど、伊三郎の場合は盗んだ金額が高額ですよね。

江戸時代の平和ボケってのはあるかもしれませんね。260年も戦争をしなかった国ですから。
幕末から現代人が学ぶことはたくさんあると思います。

コメントの投稿

名前

タイトル

メールアドレス

URL

本文

パスワード

非公開コメント管理者にだけ表示を許可する