幕末・ごめんね青春!

「里正日誌」の中から、先日は由五郎という、家庭環境の変化からグレて
しまった若者の話をご紹介しました。
志士たちではない、一般農民の幕末青春グラフィティ。さらに見ていきたい
と思います。
今回は、恋愛のもつれから、ちょっとした騒動になったお話をご紹介しましょう。
みなさん好きでしょ、コイバナ。
今日は会社休んじゃってください。

先ず、登場人物です。
高木村の清兵衛さんと、その娘かねちゃん(18)。アニキの万五郎さん
柴崎新田(立川市)の平吉さんの倅、林蔵くん
かねちゃんと林蔵くんは親公認のカップル。近々、結婚というところまで
きています。
ところがそこに、清水村の仙蔵さんと息子の善吉くんが横やりを入れてきて・・・

さぁここからは、いつものように「里正日誌」に書かれた書状をご紹介。
万五郎さんが仙蔵・善吉親子らへの苦情を、奉行所に訴える内容になって
います。

「高木村清兵衛より、清水村仙蔵ほか4人へ掛り、娘を取り戻す訴訟一件

訴訟人清兵衛が病気なので代りに倅の万五郎が申し上げ奉ります。
今年18歳になります私の妹かねは、去る午の年(2年前)より尾州様(尾張藩)
のお屋敷へ奉公に差し出しておりました。
親である清兵衛の家と同じご支配所の、同郡柴崎新田の百姓平吉が、倅の
林蔵の女房に貰い受けたいということを申すので、今年の9月にかねは暇を
申し受けて私の家におりました。」


以前にもご紹介しましたが、東大和市域を含む狭山丘陵一帯は、三代将軍家光
の頃から尾張藩の鷹場に指定されています。
かねちゃんはその縁で尾張藩の江戸藩邸に女中奉公に出ていたのでしょう。
鷹場に指定されているとは言っても、年貢などの税は代官所に納めます。代官は
当然、江川太郎左衛門。柴崎新田と同じ支配地ということです。

「近々、林蔵と婚礼を挙げることになり、この頃はもっぱらその支度にとりかかり、
すでに先月26日に家内の者がかねの衣類を取りそろえました。その日の暮六つ
(18時頃)頃に、衣類9品を風呂敷に包んで家の外に建ててある土蔵に仕舞いなさ
いと、かねに持たせたところ、しばらくしても立ち帰りません。
不審に思いまして私始め家内の者たちが立出で、屋敷の内外を尋ねましたが、更に
行方はわかりません。
驚きまして早速、親類・組合へ知らせ、その日の夜は所々手分けして、かねの行方
を尋ねましたが、翌27日の朝、相手(仙蔵ら)の村方へ連れて行かれたということを
聞き、すぐさま清水村へ行きまして探索いたしました。」


さぁ、大変です。
かねちゃんが土蔵に行ったきり帰らないので不審に思ったところ、清水村に連れて
行かれたというのです。
高木村と清水村はそれほど離れているわけではなく、歩いてもすぐの距離です。
しかし、かねちゃんの身に何があったと言うのでしょう?

「かねは相手の仙蔵の倅、善吉に連れ出され、親類の源次郎宅にいるとのことでした。
源次郎の家に行き、かねの身柄を返すように掛け合ったところ、相手側は徒党を組ん
で返すことはできないと申します。
言い合いに際限がないものですから、なお話し合わねばと思い、源次郎よりかねを
預っているとの書付けを取って、その場を引き取りました。
その日の夕七ツ時(20時)頃、源次郎を先立って、仙蔵と五人組である長蔵・鉄五郎
ともどもが、私どもの村方の百姓惣左衛門・孫市を訪ねてきました。
かねは善吉の女房にもらい受けるので、頼むように
言われたとのことで、惣左衛門らから親である清兵衛に申し聞かされました。」


新婚生活目前が一転、かねちゃん大ピンチです!
家族はたまったもんじゃありませんね。

「清兵衛にしても、柴崎新田の平吉方へ縁談を取り決めた身分であるから、今さら反故
にはできないと断りました。源次郎とほかの2人は承知せず、それであるならかねの
身柄はこのままでは返せない、勝手にするがいいと言い捨てて立ち帰ってしまいました。
清兵衛は翌28日に、後ヶ谷村名主の平重郎と申す者に仲介に入ってくれるように頼み、
同人が間に入って色々と尽くしてくれて、ようやく相手側が折れました。
私のところへ詫び書を差し出し、かねの身柄を返すべしということになりました。」


後ヶ谷村は、高木村と清水村の間に位置しています。
清兵衛家と仙蔵家の問題ではあるけれど、完全に第三者である後ヶ谷村の名主に仲介
を依頼しているところが、当時の村社会をよく表していると思います。
平重郎さんは個人的には完全な部外者ですが、農村社会の基本体である組合では
三つの村は共に連携を取らなければいけません。彼が出てきたことで、仙蔵側もあまり
問題を大きくしたくなくなったのでしょう。

「ところが、俄かに考えが変わり、相手の村方より平重郎へ取り決めを断る申し出があり、
破談になってしまいました。
このことは全て相手側の一同らが、強欲に駆られ、我々から根拠のない金銭を貪り取る
計画を立て、謂れのない異議を申立てたのです。
これではかねの縁談に支障が出るので、捨てておけません。相手の村役人へ申し出て
再び応じるよう厳しく掛け合いましたが、一同共謀するなどもっての外の対応で、一切
取り合わず心外この上ありません。
このまま差し置いては、かねの身にどのようなことが起こるか計り難く安心できません。
このことで、親の清兵衛も病気になってしまい、私が代理として出府いたし、今般御訴訟
を申し上げ奉ります。
なにとぞ御慈悲をもって、相手の者たち一同を召し出され、前書の理不尽な始末を御吟味
の上、かねが持っていた衣類9品も取り揃えて本人の身柄一同を、速やかに差し戻して
くれますよう仰せ付け下されおきたく願い上げ奉ります。以上。
          江川太郎左衛門代官所 
            武州多摩郡高木村 
               百姓清兵衛煩いに付き代り兼倅 訴訟人 万五郎
 万延元申年11月  日
   御奉行所様                  」


ところが仙蔵側は急に態度を変えてしまいました。
万五郎さんの文面を読むと、かねちゃんを返す代わりに「身代金をよこせ」くらいの事を
言ったようなニュアンスですね。

さて、話を整理してみましょう。
高木村のかねちゃんと、柴崎新田の林蔵くんは婚約中。この二人が恋愛なのか見合い
なのか、その辺りは不明ですが、結婚はもう間近です。
そこへ出てきたのは、清水村の善吉くん。
夜にかねちゃんを誘い出し、清水村に連れ帰り、自分の親類宅に預けてしまいます。

ここでワタクシ、このようなケースも考えられるか、と思いました。
それは、かねちゃんと善吉くんは元々恋仲であった。親同志が勝手に決めた結婚に
納得できず、かねちゃんが善吉の元に走ったという可能性です。

しかし、後ヶ谷村の平重郎名主が出てくると、善吉の親である仙蔵らは一旦は詫び状を
書くというくらいに折れてしまいます。ということは、やはりこの連れ去りは善吉の一方的
な横恋慕であり、彼に非があったということでしょう。
よっぽどかねちゃんのことが好きだったのでしょうか。
でも善ちゃん、そりゃやっぱり逆効果だよ・・・。

ここで、仙蔵側はかねちゃんを返すどころか、急に態度を変えて身代金まで要求して
きました。この様子だと、かねちゃんは監禁されている可能性も高いですね。
かねちゃんが善吉の誘いに連れ出されたということですが、もしかすると何人かでかね
ちゃんを襲い、拉致していったことも考えられます。その協力者が源次郎たちだったと
すれば「苦労賃くらいはもらうゼ」なんてことを言って交渉の前面に出てきたのかもしれ
ません。

万五郎さんは嘆願書を奉行所に持っていきます。
ここで言う奉行所は、代官領を管轄する勘定奉行所。江川代官所の上の機関です。
かねちゃんの運命は?
善吉の青春の暴走劇にどんな決着がつくのでしょう?

メガ23
源次郎は荒川良々さんでどうかと・・・。
かねちゃんは「ごめんね青春!」に中井貴子役で出演中の黒島結菜さんが
いいです。テレ東のドラマ24「アオイホノオ」での津田さん役も好演して
ましたね。
ワタクシ、けっこうドラマ好きです。

「なんだー。このボタンちょっと押してみるんだな。うーん、なんだー。」



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#944 アオイホノオの
津田ひろみちゃんのような子がいれば、私なら正直他には何もいらないです。ホノオ君が死ぬほどうらやましかったですよ。
さて、私はこの林蔵、かねちゃん、善吉のトライアングルは何か「純愛」とは違った危うさを感じてしまいます。もっと、こう何かネチネチしたものじゃないんでしょうか。あくまで私の勘ですがね。ただ恋愛を廻る問題は、みんなが正気を失って暴走するから手に負えず、また面白いのかもしれません。万五郎兄貴も、どうも冷静な人ではないように思えますし。
ちなみに映像化するなら、江川代官手代あたりの役で、是非佐藤二郎を使ってほしいものです。
#945 甚左衛門さま
仰るとーりですね(笑)。ワタクシも、とんこさんより津田さん派です。あの、
いちいち敬礼しながら挨拶するところが可愛かったですね。

こういった書状は表面上の出来事だけを述べているだけなので、実際のところ、
かねちゃん、林蔵、善吉の間がどういう関係なのかはわかりませんね。
でもそれだけに、想像が膨らんでいろいろなストーリーを作ることができて、
創作のネタにはもってこいだと思うのですが、いかがでしょうか。

佐藤二郎・・・!いいトコロをチョイスしてきましたね!大賛成です。
ぜひ柏木総蔵を演っていただきましょう!
#946 事件?
一読すると略取・誘拐事件のようで大変物騒に感じられますが、
実際は違うのかもしれない、とも思いました。
多摩の郷土史を調べていて、似たような事案を見たことがあります。確か…

名主の妹A(17)が、幕臣Bの屋敷に腰元として奉公していた。
ある日、幕臣Cが「Aを幕臣Dの奥方にする」と奉公の仲介人へ一方的に通告、
B家の奉公を辞めさせ、身柄を引き取り匿ってしまった。
A兄がCを訪ね面会を要求しても「仲介人が来なければ会わせない」と断わられた。
しかし仲介人は急病で動けない。
そこで、A兄がCの上司に対し「吟味していただきたい」と訴え出る。

この事案がどうなったか、史料未発見のため不明。傍証によれば、
BとDは父子であり、Dは若くして急死した幕臣Eの末期養子になっている。
Dが結婚したE家の女子は、まだ幼い子供であるらしい。
AとDは、Bの屋敷で知りあっていた可能性が高い。
これはAも合意の上で、Cが仲立ちしてDの妾?になるよう計らったのかも、
ただ、A兄ら身内は事情を知らず、すでにAの許嫁もいるので、
不当な扱いを受けたと思い訴えたのかも、と推測できる。

寛政期頃の話だったと思いますが、どこで見たのか思い出せず申し訳ありません。
#947 東屋梢風さま
なるほどー。面白い史料ですね。
江戸時代は庶民といっても、当然、現代人の我々とはモノの価値観も考え方も
違うので、そのあたりのことも推察して人物像を見ていかないと、誰が正しくて
誰が悪いヤツなのかわかりません。
要は個人を立てるのか、家を立てるのか、という所なのでしょうけど。

こういう史料、けっこう面白いですね。



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