土方さん、風流なり

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漫画の中では秋ですが、現実世界ではまだまだ暑い日もありますね。
本格的な秋は、まだ少し先でしょうか。

しかし、風流ついでにこんな話を。
先日、東京は武蔵野市の吉祥寺駅前にある月窓寺というお寺で行われた
吉祥寺薪能を観にいってまいりました。

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歌舞伎は全く知らない方にはそこそこ説明できるくらいは観ているのですが、能や
狂言は実際に観たことがないワタクシ。
大学時代の後輩が「こういうのありますよ」とチケットを取ってくれて、それではいい
機会だからと一緒に観に行きました。

薪能は、夜に屋外で篝火を焚いて、その灯りで能を楽しむという、それだけ聞いても
風流感満載の趣があります。
お寺の境内というロケーションの中、静寂と幽玄が織りなす別世界がワタクシを待って
くれているのだろうな・・・と思っていたら、

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AKBの握手イベントかと見紛うような、大盛況。
え?能ってこんなに人気あるの?

なんでも今年で29回目を迎えるそうで、武蔵野市市長も挨拶に立ちましたから、
市や吉祥寺の街がそーとー力を入れているイベントなのでしょうね。
まぁ、日本の伝統文化に多くの方々が興味を持たれるのは、いいことです。

本日の演目は、狂言が「柑子(こうじ)」、能が「船弁慶」です。
「柑子」は10分ほどの短いお芝居で、主人の大事な柑子=みかんを食べてしまった
太郎冠者の、いわゆる言い訳モノ。
この太郎冠者を人間国宝の野村万作さんが演じました。

「船弁慶」は源義経、弁慶一行が頼朝からの追跡を逃れ、大物浦から船を出すと
海中から滅ぼされた平家一門と平知盛の幽霊が現れ、船を沈めようとする。しかし、
弁慶の強い法力で幽霊らを退散させる、というストーリーです。
「船弁慶」は歌舞伎にもなっていて、ワタクシも2回ほど観たことがあるので、見比べ
てみるのもいいなと期待して開演を待ちました。

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火が入ると、こんなカンジです。
もっとも灯りはコレだけじゃなく、照明もちゃんと入ります。

「船弁慶」は歌舞伎と能では、まったくの別物でしたね。
ストーリーは同じですが、演出というか見せ方は全然違いました。
まぁ、当然といえば当然なんでしょうけどね。
能の「船弁慶」は前半はゆっくりと、そして後半が大きく展開してゆくのですが、
それは歌舞伎も一緒。ただ、その中盤に船頭が登場するシーンがあるのですが、
能ではそこが大きなアクセントになっていました。
この船頭を野村萬斎さんが演じていたのですが、狂言師だけあって、動きや声が
リズミカルで変化に富んでいるんですね。これは、能の「船弁慶」では通常の
演出なのでしょうか。
この狂言師のシーンが入ることによって、後半の知盛の登場が引き締まります。
まぁ、言ってみればストレートの間にチェンジアップを交ぜると、よりストレートが
生きる、みたいな。
合ってるか、この喩え?

今回はわりと後の席で、前の人の頭で舞台が若干見え辛かったのが難といえば
難でした。チケットを取ってくれた後輩が言うには、恐ろしい速さで売れていくん
だとか。
そんなに人気あるのか、能!?

今回の公演は、大会長や市長の挨拶、作品解説があり、狂言と能の間に休憩も
入って、トータルで2時間くらいでした。
ワタクシ、能はまったくのド素人でしたが、「船弁慶」のように歌舞伎になっている
演目ならストーリーはわかるし、見比べるのもいいですね。機会があったら、また
能鑑賞に行ってみたいと思います。

「なんだー。このボタンちょっと押してみるんだな。うーん、なんだー。」



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#866 その時義経少しも騒がず
イッセーさんとは逆に、歌舞伎のことはよく知りませんが
能狂言は何度か鑑賞している私です(笑)。今日日、大人気の芸能と感じますよ。

現代では、能楽堂や劇場で催されることが多いものの、
もともと能舞台は屋外にあったので、薪能は本来の演能に近いと言えるでしょう。
解放感があり、あまり堅苦しさを感じさせないのが利点です。

「船弁慶」は、ストーリーがわかりやすく、多くの人が楽しめる演目です。
開演前の作品解説でお聞きになったと思いますが、
前シテ(静御前)と後シテ(平知盛)をひとりの役者が演じ分けるところ、
後の仕舞の薙刀遣いなど、見所と思います。
船頭が船を漕ぎながら波を鎮めようとする場面も、楽しいですよね。
船頭のように、前段と後段を繋ぐ間狂言でつなぎの解説をする役回りをアイといい、
他の演目でも狂言方が務めるのが定石となっています。

歌舞伎と比較して観るのも、面白いでしょうね。
ちなみに上方落語にも「船弁慶」があります。ストーリーは全然関係ないけど(笑)
#867 東屋梢風さま
歌舞伎の「船弁慶」の全体的な構成は、能とほぼ一緒です。
こちらの作者は河竹黙阿弥で、明治18年に能をベースに所作事(踊り)の演目と
して作りました。
ご存知かと思いますが、明治の前半期は演劇改良運動が起こります。
江戸時代の歌舞伎は庶民の娯楽だったので、芝居のネタも心中、仇討ち、盗賊、因縁
などエンターテイメント性が重視されましたが、明治になると外国要人や貴人にも
鑑賞に耐えられる演目をということで、史実に忠実だったり芸術性の高い作品が
作られるようになります。(というより政府から強制されます)

黙阿弥は盗賊が出てくる「白波もの」などを得意とした作者なので、この改良運動
には消極的でしたが、自分の所属する新富座の守田勘弥や九代目市川團十郎が賛成派
だったため、仕方なく改良劇の筆もとります。
「船弁慶」はそうした流れの中で書かれた作品です。ですから、黙阿弥自身としては
不本意な仕事だったかもしれません。

見どころは能と同じく、前半の静御前と後半の知盛を同じ役者が演じる所でしょう。
歌舞伎では女形がこの役を務めます。静御前の場面で美しい所作を演じた役者が、
後半、デビルマンに出てくるザンニンかというような隈取で荒々しく知盛を演じる
意外性が、この作品の面白さです。
黙阿弥はこの辺りに、歌舞伎らしいエンターテイメントを残したかったのかも
しれません。
#868 四軒寺
イッセーさんの歌舞伎知識も東屋さんの能知識もすごいですね。教養の高さに恐れ入るばかりです。私は両方とも体験したことがないもので…せいぜい末広亭に落語を聞きに行くぐらいが関の山です。
ところで月窓寺と言えば、「四軒寺の藤蔵親分」のお墓はご存知でしょうか。幕末の侠客・小金井小次郎の服心だった人です。藤蔵親分は極めて侠気に富んだ人で、幕末から明治の混乱期にあって地域の治安維持にに尽くしたと逸話が残っています。
うろ覚えなんですが月窓寺の入口入って直ぐの右手辺りに墓碑が建っていたように思います。姓は鈴木です。もっとも四軒寺一家は現代ヤクザまで続く流れなので抵抗があるかもしれませんが。
ちなみに私は、明治ぐらいまでの「博徒・侠客」には多大な興味があるのですが、現代ヤクザには全くシンパシーを感じていません。
#869 甚左衛門さま
何を仰います、甚左衛門さん!
甚左衛門さんの江戸時代の「博徒・侠客」の知識の豊富さにはいつも驚かされます。
幕末の博徒は、当時の村々に大きな影響を与えていたことは間違いなさそうなので、
ワタクシももっと知りたいとは思っているのですが。

薪能当日の月窓寺は、境内がすっかりイベント用に作られていたので、お墓参りは
できそうもない様子でした。でも、確かに門を入ってすぐ右側が墓地でしたね。
時間ができたら、確認に行ってみたいと思います。

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