義兄は佐藤彦五郎

20140916.jpg


9月14日の日曜日、東京都日野市の大昌寺にて、佐藤彦五郎忌
執り行われました。
ワタクシも行くつもりだったのですが、午前中に用事が入ってしまい11時から
行われた法要には出られませんでした。
ただ、午後から場所を立川市の「女性総合センターアイムホール」に移しての
講演会には予約をしていたこともあり、出席してまいりました。

大昌寺さんには何度か足を運んだことがあり、佐藤彦五郎・のぶ夫妻のお墓
参りはしたこともあるので、今回法要に参加できなくともそれほど残念感はなかった
のですが、後で聞いたら普段は入れない本堂の中に入れてもらえたそうで、御本尊
さまや壁の装飾画が素晴らしかったことを聞き、一気に残念感がビッグウェーブで
襲ってまいりました。
ある方から撮らせていただいたという写真を見せてもらったのですが、御本尊さまが
安置されている脇に描かれた絵が4人の天女で、これがデジカメ画面で見ても美しく、
ワタクシ「残念ノースショアの海」に撃沈したのであります。
あぁ・・・来年は絶対、大昌寺法要に参加しよう・・・!

049a.jpg

こちらの写真は、以前撮影した大昌寺
浄土宗のお寺で、芝増上寺の末寺になるため、屋根瓦には「三つ葉葵」の
紋があります。

佐藤家墓所1a


彦五郎・のぶ夫妻を含めた、佐藤家の墓所。
以前にも触れましたが、のぶは明治元年(1868)から名乗った名前で、それ
以前は「とく」といっていました。だから、トシさんは「とく姉さん」と呼んでいた
ハズです。

さて、午後からの講演会は、新選組研究で有名な伊東成郎さんが講師となって、
イロイロと新選組、その関係者にまつわる新情報を語ってくれました。
なかなか面白かったですゾ。
あんまり公言しちゃイケナイのかもしれないので、詳しい内容は控えますが、

松平容保公の人柄がわかる、明治以降のエピソード
大石鍬次郎の剣術に関する史料数点
芹沢鴨の水戸時代の暴力伝説
斎藤一晩年のインタビュー談話
甲陽鎮撫隊の行軍状況についての新史料  等々


他にも近藤さんや歳さん、市村鉄之助さんに関する話もありました。
そうそう、今放送中の「花子とアン」に関係した話もありましたよ。
結城無二三(ゆうき むにぞう)という、ほんのわずかの間在籍していた隊士が
いるのですが、その娘の古屋登世子さんという方が白蓮さんの女学校時代の
先輩で、非常に仲がよかったそうです。
蓮さまはそーとーな天然で、キャベツが畑で採れることを知らなかったとか。
蓮さまの先輩ってことは花子の先輩でもあるのかな、と思うのですがその話は
なかったです。

DSCF6861a.jpg

講演会の様子です。
向かって左側のお二人は彦五郎さんのご子孫。
右の白いシャツの方が伊東氏です。

最後に本日の戦利品。

DSCF6862a.jpg

講演会のチケットと、予約特典の「土方歳三Tシャツ」でございます!
来年はコレを着て、大昌寺に行く!!


「なんだー。このボタンちょっと押してみるんだな。うーん、なんだー。」



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コメント一覧

#842 お疲れ様でした
おとく姉さん、このあと京都へ走っていって歳さんをぶっとばしたんでしょうね(笑)
彦五郎さんは、立派な名主だったと思います。
一方、近藤勇襲名披露の野試合の後に府中宿総揚げのどんちゃん騒ぎをやって、
小島鹿之助さんの顰蹙を買ったとおり、けっこうワイルドなところもあって、
もしも名主でなかったら、自分が浪士組に加わり京都へ行っちゃったようにも思えます。
歳さんの手紙を見たら「俺も府中でモテモテだ!」とか言いそう…

伊東成郎先生の講演、興味深いお話でしたね。
特に、藤田翁の座談会は予想外の新ネタで、驚きました。
いずれご著書として発表なさると思われ、楽しみです。
#843 東屋梢風さま
返信が遅れてスミマセンでした。

彦五郎さん、名主じゃなかったらきっと浪士組の一員として京都に行ってたと
ワタクシも思います。おそらく新選組の幹部になっていたのではないかと。
なんかでも、芹沢さんとすぐケンカになってたかなぁ・・・。

伊東成郎さんの話、早く本などにまとめていただけると嬉しいですね。
藤田翁の話は、沖田や藤堂などのくだりが興味深かったですね・・・おっと、
ネタバレ厳禁!
・・・ココまでで。
#844 日野名主
佐藤彦五郎の一番凄いところは「筆まめ」だったことではないでしょうか。
『佐藤彦五郎日記』に記載された内容は、多摩地域全般の歴史の、まさにかゆいところに手が届くような情報に溢れており、後世時代を研究する者にとっては頭を下げずにいられない人だと思います。
熱血漢でもあり、また有能な文筆家でもあり、この人は恐ろしい程の大物だと私は思います。
日野には彼の外に、日野本陣家の名主隼太(七郎右衛門)や宿年寄玉屋栄蔵
など、まだまだ研究され尽くしていない人物が多くいて、興味がつきません。
#845 甚左衛門さま
仰る通りだと思います。
日記は紙が劣化してしまい、読めない部分もあるとか聞いております。
なんとか全部が解読されるといいですね。
佐藤彦五郎さん、内野杢左衛門さん、多摩地域の名主はみな筆まめですね。
こういう人の残した記録を調べて、日本史も地方史から見直される部分がある
かと思います。

彦五郎さんの武勇伝としては、「壺伊勢屋事件」がなんといっても圧巻ですね。
名主のやることとは思えませんv-405

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