「里正日誌」万延・文久編

いつも当ブログへご訪問いただき、まことにありがとうございます。
このブログはワタクシの住む東大和市の、江戸時代の名主・内野杢左衛門と
いう方が書き残した「里正日誌」を元に、「幕末時代の多摩地域の様子
はこんなでした」という記事のご紹介。それと、ワタクシの好きな新選組のマンガ、
という二部構成でお届けしております。

黒船が来航した嘉永年間(1850年代)からスタートしてきましたが、ついに大政
奉還を迎え、戊辰戦争も突っ切って、明治の世に突入してしまいました。
「里正日誌」は明治に入ってからも書き続けられていますが、このブログは幕末
をテーマ
としております。
ワタクシの考えでは幕末は「黒船来航~箱館戦争終結」
と捉えておりますので、一先ずココで終了した方がいいのかなぁ、
・・・と思ったのですが。

東大和市教育委員会から先日、「里正日誌 第八巻 万延元
年~文久三年」
が刊行されることとなりました!

「里正日誌」は原本を、市が研究者の方に解読・編集していただき、活字にして
出版されているのですが、まぁ、予算とかイロイロあるのでしょうね。全てが刊行され
ているのではなく、現在のところ第七巻(安政年間)、九巻(元治・慶応年間)、十巻
(明治元~2年)までしか出版されていなかったのです。

先ずは比較的時代が新しい幕末から解読するのはわかりますが、なぜ途中の文久
年間が抜けていたのか?
これがサッパリわかりません。
だって、この辺りが幕末で一番美味しいトコロでしょ。
ロースの入ってない焼肉セットというか、エビ天の入ってない天ぷら蕎麦というか、
レイバンのグラサンをかけていない70年代の渡哲也というか・・・それくらい重大な
物足りなさでしょ、幕末から文久が抜けるって。

「幕末多摩・ひがしやまと」では、「里正日誌」から万延・文久のエピソードを辿れなか
ったので、市内の他の史料や郷土史家の先生に聞いた話などを元にブログを書いて
きました。
しかし、ここにきて、ようやくワタクシのような一般ピープルにも万延・文久の「里正
日誌」を読める機会がやってきました。

IMG_0513a.jpg

早速、郷土博物館に行って購入してまいりました!
定価1400円ッ!うおぉぉーーー!
現在、面白そうなトコロをセレクトして読み始めております。

ということで、次回より
「幕末多摩・ひがしやまと 万延・文久編」
をスタートさせることといたします。
時代が8年ほど遡りますが、幕末真っ只中の多摩地域の詳細をお伝えでき
ればと思います。
チラリと予告いたしますと、「浪人が増えて世情が不穏になってきた」話や、
「皇女和宮御下向で大変」な話、「名代官江川太郎左衛門が亡くなった影響」
そして幕末多摩に欠かせない「農兵制度」。そんな内容でお送りしたいと思って
おります。

20140905.jpg

んー・・・、どうしますかねぇ。
漫画まで多摩に戻っちゃうと、おゆうさんとか、深雪・お孝姉妹とか描けなく
なっちゃうんで・・・。
そのまま、続ける方向で行きましょう。

ココから先、全くカンケーない話

新聞などでご存知の方も多いかと思いますが、「ゆるキャラグランプリ2014」
クリック!)てのがありまして、我が東大和市からも1人、つーか1匹、
エントリーしてるんですワ。
それが、これ。

img018a.jpg

「うまべぇ」といって、東大和市が主催して行っている「B級グルメ大会」
のキャラなんですよね。
イヌがベースなのかな?まぁ、ゆるいって言えば、ゆるいよね。
て言うかね、この名刺は公民館でもらったんだけどさ、キャッチフレーズのトコに
「あなたのおいしい1俵を!!」
て書いてあるでしょ。この「俵」は食べ物イベントキャラだから「票」と「俵」をかけて
るんだけど、名刺を配った人がそれを理解してなかったのね。
「俵」に横線入れて、「票」って書き直してあるのさ。

このコト自体がゆるいでしょ!
ゆるいっつーか、東大和市が本気でコイツを押そうとしてんだか、どうしたいんだか
スキだらけ感がダダ漏れです。
そーいう背景までポイントに入れていいんなら、このゆるゆる加減は他の自治体の
追随を、まさにユルさないンですがなッ!

メガ13

来年は行きます!


「なんだー。このボタンちょっと押してみるんだな。うーん、なんだー。」



にほんブログ村 歴史ブログ 幕末・明治維新へ
にほんブログ村


にほんブログ村 漫画ブログへ
にほんブログ村

スポンサーサイト

トラックバック一覧

コメント一覧

#828
こんにちは。

確かに妙な翻刻の順番ですね。原本の筆跡に判読の難しいところがあったとか、原本自体の修復が必要な状態だったとか、考えられるのはそんな理由ですかね。
何か他の史料ではあまり記述が見られないことが書かれているかも知れませんね。
#829 ありがとうございます
江川太郎左衛門と農兵に興味があるので、とんでもないお宝情報ですっ!
ありがとうございました!
#830 里正日誌
すでに御存じかもしれやせんが、昭和49年に「里正日誌目録」というのが
発行されており、この中に全日誌中文書の項目・題名が網羅されています。
この中で見たい部分がある場合、その旨を博物館に申し出ますと、意外なほど
あっさりと紙焼きにした原文を見せてもらえます。(撮影も可)「東大和太っ腹だなあ」とその時、心底有り難く思ったことを覚えています。
また、未確認ですが、どうやら早○田大学にも同じ紙焼きが所蔵されているようで、かの大学の研究者や学生は一早く閲覧ができるという構造になっとるようです。
#831 kanageohis1964さま
後のコメントでも触れますが、日誌のほとんどの部分は研究者の方が解読を
終えていると思います。
それが出版されていない、という話でして。
まぁ、市の予算のカンケイかなぁ・・・と思うのですが。
#832 御次さま
そう言っていただけると、励みになります。
ありがとうございます。
江川太郎左衛門(坦庵)は誰もが認める名代官ですが、いよいよ幕末という
時には亡くなってしまい、肝心の農兵策も、多摩地域では坦庵の描いた使い方
にはならなかった、というのが皮肉な所ですね。

ぜひ、ご意見をお聞かせください。
#833 甚左衛門さま
ワタクシ、勉強不足なもので活字になったものしか読めないものですから・・・。
けど、郷土博物館はけっこう親切だったのですね。我が市のことながら嬉しく
思いました。
ご存知かと思いますが、里正日誌は天正年間~明治初期まで代々に渡る日記です。
全12巻になる予定ですが、最近になってさらに、まだ残っている部分がある
ことがわかり、もう少し巻数も増えるようです。
まぁ、全巻刊行を気長に待ちます。
#834 わんこ!
以前、都立図書館で調べ物をした時『里正日誌』第八巻がなくてかなり不便でした。
何故その期間の刊行が後回しなのか、もしやずっと刊行されないままなのか等々、
気にかかっていました。なので、今回の朗報は大変ありがたいです。

多摩時代の近藤さんや歳さん、いずれまた登場してくださいね。
おとく(おのぶ)姉さんの鉄拳が唸る新たな名場面にも、期待しています!

手書きで「票」に直しているのも、意図的なゆるさ演出かと思いました。
うまべぇのキャラデザは、完成度が高いですね。
頭の「お椀」、黒田官兵衛の兜みたいでカッコイイ~
ゆるキャラと言えば、ひこにゃんは昨日今日と歌舞伎座へ遠征してました。
(「柘榴坂の仇討」公開記念催事と、「井伊さんいい人キャンペーン」と
 お友達の中村吉右衛門さん応援のため)
うまべぇは体型的に動くのが大変そうだけど、あちこち出張できるといいですね。
#835 東屋梢風さま
第八巻は平成8年にすでに原稿はできていたらしいのですが、モロモロの事情に
より7年間も出版が見送られていたようです。
この事情が何なのか、お察しください・・・。
しかし、なぜ見送られたのが文久年間だったのか?慶応や明治に比べて読む人が
少ないと判断されたのでしょうか?

「うまべぇ」の「票」の手書き訂正は、ワザとだったのでしょうか!?
だとすると、ワタクシはマンマとその術中にハマッたことになりますが・・・。

コメントの投稿

名前

タイトル

メールアドレス

URL

本文

パスワード

非公開コメント管理者にだけ表示を許可する