沖田総司忌 2014年

先日の6月22日、新選組の副長助勤・一番隊組長だった沖田総司さんの
墓前供養「沖田総司忌」がありました。
「新選組友の会」が主催されるこの供養祭は、今年で40回になるのだそうですけど、
ワタクシまだ一度も行ったことがなくて。
で、今年初めて参加、お参りをしてきました。
今回はその様子を書かせていただきます。

実は今年も予定が入ってて、当初は「今年も見送りだな・・・」なんて思ってたんです。
ところが朝から雨だったでしょ。で、予定がキャンセルになりまして。
まぁ、何の予定だったかはご想像にお任せしますが。
急遽、「そうだ、お墓参りに行こう」と思い立ったワケです。

沖田さんのお墓は港区の専称寺さんという浄土宗のお寺にあります。
ワタクシ、このお寺に来るのも初めてでして。
というのも、ふだんは墓域の一般公開をしていないんです。年に一度、この総司忌の
ときだけ墓参が許可されることになっているので、この日を逃しちゃうとまた一年
待たなきゃならない。そんなことで、今まで都合がつかなかったのです。

墓参は午前10時から始まっているようでしたが、ワタクシが最寄り駅のギロッポン、
もとい六本木駅に到着したのはすでに11時近くでした。
天気予報では、雨は9時頃までなんて出ていたのに、絶好調で本降りです。

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こちらが専称寺。六本木駅から歩いて6~7分。鼠先輩ならもうちょっと早いかも。

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境内はそれほど広くはありません。
先ずは本堂でご焼香。
そばにいたご婦人にお墓はどちらかを尋ねると、一度道路へ出て裏に回るように
教えていただきました。

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本堂の裏が墓域です。
入口からずーっと傘をさした人の列。50人くらい道路に並んでいるでしょうか。
一番後ろについて、約15分ほど・・・

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墓域の入口まで来ました。
お墓までの通路が狭いので、友の会のスタッフの方でしょうか、入口で人数調整を
されています。
さぁ、いよいよ沖田さん(のお墓)とのご対面です。
なぜか雨脚が強くなってきました。

DSCF6851a.jpg

こちらが沖田総司の墓 です。
高さは台座を入れても1mほど。その大きさもそうですが、あまりにもひっそりと
佇むその姿に、正直一瞬「え、これが・・・」と思いました。
ワタクシもそうですが、みなさん膝をつくようにしゃがんで手を合わせます。

同じ天然理心流の幹部隊士でも、近藤さん、土方さん、井上源さんのお墓は
一族の墓域があり、説明板もあり、墓石も大きいものが作られています。
それは、見方によってはファンも意識したお墓と言っていいかもしれません。
しかし、沖田さんのお墓はお寺や遺族の方の方針でしょうか、何の飾りもなく
ただ劣化を防ぐための屋根がつけられたのみの、そのままの姿です。
しかし、ワタクシはこれはこれで、とても沖田さんらしい墓石だと思いました。

我々が思い浮かべる沖田像って、小説とか漫画とかドラマとかから来ている
イメージでしょ。顔だって現在のところ、写真一枚残ってない。
もしも、沖田さんのお墓がもっと大きくて、御影石かなにかで新しく作られて、
そばに説明板でもあって池田屋事件のエピソードでも書かれていたら、ワタクシ
は頭の中で草刈正雄の沖田さんを登場させ、その草刈総司に手を合わせて
いたかもしれません。
でも、それってホントの沖田さんじゃないですよね。

小さな古い墓石は、志半ばで病に倒れ、仲間からも分かれてひっそりと旅立って
いったリアルな沖田さんそのもののような気がします。
そんな沖田さんに手を合わせ、語りかけた一言は、
「こんな漫画描いて、スミマセン・・・」
再び雨が強くなったような気がします。

何はともあれ、念願だった墓参を済ませました。
この後場所を変えて、新選組友の会主催による講演会があるというので、そちらに
行くことにします。
場所は広尾の國學院大學院友会館。六本木駅に戻り、日比谷線で恵比寿駅に
出て、そこからバスで向かいます。

講演会の講師の方は、品川区にある本立寺というお寺のご住職、中島大成さん。
こちら、ある新選組隊士のご子孫なのです。

IMG_0443a.jpg

その隊士とはこちら、中島登(のぼり)でございます!
「今日は沖田さんの法要ですが、中島の話でいいんでしょうか?」と大成さんは仰って
おられましたが、川平慈英が言うまでもなく「イイーんですッ!」
ワタクシたちにしてみれば、隊士のご子孫の話が聞けるなんて、滅多にないコトだもの。

ここで、中島登を知らない方にちょっとご説明。
登は八王子の人で、試衛館とは別流派の天然理心流剣術を使い、千人同心を勤めて
いました。しかし、とある諍いから人を斬ってしまい千人同心を離脱。親戚伝手から
近藤勇を紹介され新選組に入隊。
しかし、彼はすぐに京都には行かず、専ら武蔵、甲斐、相模の情報収集を担当し、
新選組の名簿に正式に顔を出すのは鳥羽・伏見の戦いの直前でした。
以降、箱館戦争終結まで新選組隊士として戦い続けます。

登には千人同心時代に結婚した先妻と、戊申戦争後浜松に移住してから結婚した
後妻の二つの系統があるそうで、大成さんは後妻さん系の4代目ご子孫だとか。
登は「戦友姿絵」「中島登の覚え書き」という史料を
残していることで知られます。今回の講演もそのあたりの話が中心になりました。

IMG_0444a.jpg

中島家では、登の遺品を全て北海道の函館博物館に寄贈されているそうです。
うう~、見てぇ。・・・行こう、函館。
「父さんは、すっかり新選組に魅せられていると思われ・・・」by純。

戦後浜松で暮らした登は、質屋を始めますが士族の商法で失敗。
ところが、当時流行していた葉蘭の栽培をしてみると新種の開発に成功!

DSCF6856a.jpg

「金玉簾(きんぎょくれん)」の名前で、明治14年(1881)当時壱萬円の値が
付いたというのだから、驚きです。
この絵は当時、有名な画家の方(名前、聞きそびれました)が描いたもの。
そのお金を元手に銃砲店を開業。しかし、明治20年(1887)50歳で亡くなり
ます。

登は新選組や幕軍戦士を描いた「戦友姿絵」を残していますが、軍服や銃器など
細かいところも良く描写されていて、絵が得意だったことがわかります。
他にもこんな絵が・・・。

DSCF6857a.jpg

こちらは登が描いた箱館湾海戦の図。
左下にあるのが五稜郭。円い湾の中央右寄りで黒煙を上げているのは新政府軍の
戦艦「朝暘」。左に書かれた榎本軍の「蟠竜」の一撃で火薬庫が爆発、沈没する
シーンです。
この攻撃をチャンスと見た土方歳三は、伝習隊や額兵隊に箱館方面に攻撃をかける
ように命令しますが、その約1~2時間後に一本木関門で戦死してしまいます。
ちなみに「蟠竜」の艦長は松岡磐吉。江川太郎左衛門の手代だった男です。

中島家には登の定めた家訓があるそうです。それは、
「一、食べ物の好き嫌いを云うな 一、碁・将棋などの勝負事はやるな、一、質屋・金貸し
は孫子の代までやるな」
の三つだそうです。二つ目と三つ目は登自身の失敗から来ているようですが(彼が千人
同心時代に人を斬ったのは、どうも勝負事が原因かと思われる)、中島家では4代経った
現在でもこの家訓が生きているそうです。
さすが新選組隊士の末裔。法度は永遠です!

あとね、1996年に一度、中島登を主人公にしたテレビドラマが作られたらしいんです。
フジテレビの時代劇スペシャルで、タイトルは「陽はまた昇る」。
主演は村上スカイライダー弘明!
もう大成さんたちご子孫は大喜びで、放送を待っていたそうです。
ところがオンエアー当日、思わぬニュースが・・・!
「俳優の渡辺謙さんが白血病を再発し、今日入院しました。番組では予定を変更し、
渡辺さんを応援するため、渡辺さんの主演作品を放送します」
結局、放送は1年半待たされた挙句、午前2時からの放送だったとか・・・。
あぁ・・・ご子孫の方々もガッカリしたそうです。
CSでもBSでもいいですから、再放送していただけませんかねぇ?

というワケで、午前中は沖田総司さんのお墓参り。午後は中島登さんのお話と、とても
有意義な一日でございました。
最後に本日の戦利品。

DSCF6859a.jpg

講演会終了後に行われたくじ引きで当たりました!
土方歳三の涙サイダー!!
歳さん、いつ泣いたんだ?お姉ちゃんに殴られたときかナ?

20140624.jpg

誤解なきようにお願いしたいのですが・・・。
ワタクシは土方歳三さんや近藤勇さん方の立派なお墓を否定しているワケではござい
ません。
むしろ、いつ行ってもお参りができるし、ワタクシのようなファンにとってはとても
有難いと思っております。源さんのお墓なんて「誠」の旗が立ってるものね。
ご子孫の方々のご配慮に、いつも感謝しております。
ただ、沖田さんは作られたイメージがとても大きいので、あのお墓を見たときに、そう
いう創作で飾られる以前の沖田さんに出会えた気がした、ということが言いたかったの
です。
御不快に思われた方がいらっしゃいましたら、お許しください。


「これは人間の脳ミソをトコロテンにする機械だよ、和登サン」


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#756
奇遇にも私も今年初めて沖田総司忌に行きました!ちなみに講演会も参加しましたよ♪

写真で何度か見たことはありましたが、実際見ると総司のお墓は小さくてお供えものもなかったですが、おっしゃる通り、後世の創作ではなく本来の沖田総司を表していましたね(^^)思わず泣きそうになってしまいました。

今回もマンガおもしろかったです(笑)あいにくの雨も、総司の悲しみの涙ではないと断言できます(*^O^*)
#757 おゆうさま
ワタクシも「今年は行こう」と毎年思っていながら見送ってばかりだったので、
今年初めてお参りできて感動するとともに、なんかホッとできた思いです。

講演会にも参加されていたのですね!
中島さんのお話もなかなか興味深かったですね。「陽はまた昇る」のドラマ、
ぜひどこかで再放送してもらいたいです。
前半、歌で始まったときはちょっとビビリましたけど。
おゆうさんは、くじびきで何か当たりました?
#758 乙華麗
時折激しくなる雨の中、お疲れ様でした。念願かなってよろしかったですね。
今回、当方はお墓参りを遠慮しました。
以前何度か参らせていただいたし、年々お参りの人が増えているようだし、
わずかながら混雑緩和に協力しようかと(笑)

当時の墓石が現存するのは貴重であり、なおかついろいろと考えさせられますね。
ひとつ置き隣の「沖田家累代之墓」に総司さんと芳次郎さんの名が刻まれていて、
後年にご子孫が建立した顕彰碑的な意味合いを含むものかと。
ご遺骨もそちらに改葬された、と聞いたことがあります。

中島師のご講演は大変興味深かったです。お仕事柄、さすがお話上手と思いました。
家訓その一は、新選組の軍中法度「食物一切美味堅禁制之事」が由来かも(笑)

抽選会では、歳三ピンズ(市販品)をもらいました。
オリジナルの参加記念品、毎回いろいろと工夫されていて楽しみです。
今回のファスナー付きポーチも、秀逸と思いました。
参加できなくても、記念品希望で参加費を出す方もおいでだそうですよ。
#759
抽選は見事に外れました(笑)
歳三忌でも外れたので今度こそはと意気込んでましたが残念でした………。
抽選でもらえるものはどれも魅力的ですよね!特注品はもちろんですが、普段購入できるものでも特別ですよね!土方サイダー、さぞ美味しかったのだと思います(*^O^*)
#760 東屋梢風さま
隣りのお墓には気がつきませんでした。その場にあまり長居もできなかった
ので・・・。
できれば、もっとゆっくりと見学させていただき、墓石の文字なども見れたら
いいなぁとは思うのですが、いずれそういう日がくるといいなと思います。

そうそう、沖田ポーチ。あれ、なかなかいいですね。
ティッシュとかミンティア入れて、バッグインバッグとして利用しようかと
思っています。
#761 おゆうさま
くじ引き、残念でしたね。
ワタクシは抽選会・・・というか、講演会に参加するのも初めてだったので、
ビギナーズラックだったのかな?
サイダーはまだ飲んでないんですよ。
もっと暑くなって、熱帯夜になったら飲もうと思っています!
#762 松岡磐吉
 江川家にこの人が居たことに、とても興味を持ちます。地方支配には関わりを持たない生粋の軍艦人だったのでしょうが、幕末の選択の中で我が道を行く生き様が見えて爽快さを覚えます。 野火止用水
#763 野火止用水さま
江川英龍の大きな二つの柱、民政を柏木総蔵、軍事を松岡磐吉がそれぞれ分けて
継いでいったことが興味深いですね。
磐吉と実兄の弘吉は共に長崎海軍伝習所で学び、咸臨丸で太平洋を渡り、そして
榎本艦隊で磐吉は蟠竜の艦長、弘吉は長鯨の艦長に就任していますね。
陸軍ではなく、共に海軍の道を進んだことに、英龍の目指した国防の近代化は
海軍強化にあったのかなと思います。
思えば英龍が意図した農兵策も、海岸線防備のためだったのですからね。

柏木は江川家の命脈と韮山を守るために新政府にいち早く恭順。松岡は幕臣と
して戊申戦争を戦い抜きます。二人の関係がどんなものであったのか、とても
知りたいです。
#1190
羨ましいです!笑笑

私も沖田総司大好きでして、今年行く予定なんです!
講習会は、沖田総司の話だけでなく、色んな隊士のお話が聞けるんですね。
興味深いです。
質問なのですが、講習会と墓参をするのに、何か特別な申し込みは必要でしょうか?
#1191 なつこさま
コメントありがとうございます。

沖田さんのファンなのですね!
こんな漫画でゴメンナサイ!!

墓参と講演会は「新選組友の会」が主催して行っています。
講演会は事前の申し込みもできますが、当日会場で申し込んでも大丈夫です。ワタクシも予約はしませんでした。
詳しくは「新選組友の会」のHPをご覧になってください。
http://tomonokai.bakufu.org/main/souji.html

ワタクシは今年もお参りして、講演会にも出席する予定です。

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