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オレデミー大賞 2021年10月期

大晦日みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
本年10月期のオレデミー大賞です。

先ずは作品賞から。

10位 ラジエーションハウスⅡ フジ 月 21:00
9位 恋です! ヤンキーくんと白杖ガール 日テレ 水 22:00
8位 阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし NHK 月 22:45
7位 SUPER RICH フジ 木 22:00
6位 日本沈没 奇跡のひと TBS 日 21:00
5位 古見さんは、コミュ症です NHK 月 22:45
4位 アバランチ フジ 月 22:00

「ラジエーションハウスⅡ」 八嶋智人が新レギュラー。前シリーズでは主人公の
窪田正孝と本田翼の二人が中心に話が進んでいましたが、Ⅱではレギュラーの
一人一人にスポットが当たりました。医療ドラマのバリエーッションの一つですが、
素人には放射線医と検査技師の区別はつかないですね。

「恋です!」 盲目の人が主人公のドラマといえば、ワタクシなど真っ先に「座頭市」
が思いつく年代ですが、令和だとこんな恋愛ドラマになるのですね。杉野遥亮や
その友人があまりヤンキーに見えないので、タイトルからイメージする2人のギャップ
感が薄くて甘々な構成になっちゃったかなって感じです。

「阿佐ヶ谷姉妹・・・」 ストーリーはともかく、木村多江と安藤玉恵の阿佐ヶ谷姉妹
再限度が完璧過ぎて引き込まれました。特に木村さんね。薄幸な主婦役の常連
かとばかり思っていましたが、こんな引き出しがあったとは!
阿佐ヶ谷は昔友人が住んでいて、学生時代にたまに遊びに行きました。とある
ラーメン屋で二人で食べていたら、店の外を大音響を流して走る街宣車。
「しょーこー、しょーこー、しょこしょこしょーこー♪」
「あれが阿佐ヶ谷の駅前にいつも来てさ、ヘンなマスク付けて踊ってんだよ」と友人
が教えてくれました。例の団体が選挙に全敗し暴走化する半年ほど前の話です。

「SUPER RICH」 聞くところによると、はじめは石原さとみなど数人の女優に依頼
したものの断わられ、ようやく主演を引き受けたのが江口のり子だったそうです。
知らんけど。「チェリまほ」の赤楚衛、町田啓太も主演と聞いてこちらの期待も高
過ぎたのかな、前半は取っ散らかった印象が強くて面白くなかったですが、後半に
なって締まってきた感じです。江口のり子の実力は認めていますが、敢えて言わせて
いただくと、彼女は主演よりも脇に回って主役を食う芝居をしていただいた方がコチラ
も乗れます。古田新太はフツーの人を演じた方が返って目立つね。

「日本沈没」 小栗旬、杏、松山ケンイチ、仲村トオルと主演クラスをズラリと並べ、
脇も香川照之、石橋蓮司、國村隼などオールスター。特撮バンバン。ただ、そのわり
に・・・。平行してCS放送で昭和に村野武範が主演した同タイトルのドラマを放送して
いたのですが、セットも特撮もチープながら臨場感は勝ってたように感じます。
小栗、松山、ウェンツ瑛士、中村アン、六角慎司らの日本未来推進会議が、なんか
大学のサークルみたいにしか見えなかったです。あと、なぜ比嘉愛未の妻はあんなに
夫の小栗旬に冷たかったのでしょうか?

「古見さんは、」 コミュ症ってココから来た言葉だったのか、とオッさんは改めて
知りました。増田貴久とか溝端淳平、城田優がなぜ高校生を?というギャップとコメ
ディ仕立ての構成が面白かったです。中途半端なヤマンバギャルを演じた吉川愛が
好演。増田貴久も高校生が似合うw

「アバランチ」 警察内部の悪を追うチーム・・・的なドラマは既視感もあって、
新鮮味は無いんですが、個人的に集団刑事モノが好きなので。今クールでは他に
刑事モノやアクションドラマも無かったので、それなりに目立ったかなと思います。
この手のチームってその構成メンバーはアウトロー、ハッカー、おっさん、紅一点、
若僧ってのが定番ですけど、アバランチはまさにその通りでした。そういう意味
では基本を押さえた脚本ですね。

3位 和田家の男たち テレ朝 金 23:15
ワタクシが刑事モノ以上に好きなのが、食事シーンでのアドリブかと見紛うばかり
の会話劇。このドラマも段田安則、佐々木蔵之介、相葉雅紀の親子三代の食事
シーンが見て楽しかったです。三人の座り位置と、固定したカメラアングルも良
かったです。ストーリーは佐々木の妻である小池栄子の死の真相と政治家の不
正を追及するという話が縦軸にありましたが、あまりそこに振り回されず、親子の
日常をコメディ仕立てに進めていったことが良かったと思います。
相葉雅紀の仕事がネット配信の記者。「SUPER RICH」も舞台はネット出版社だっ
たし、ドラマの舞台設定も変わってきていますね。

2位 群青領域 NHK 金 22:00
予告を見たときは全く期待していなかったドラマ。ところがこれが大穴でした。
主演のシム・ウンギョンは「アノニマス」とか「七人の秘書」でも見ていましたが、
美人ではないんだけど存在感がある女優さんですね。
その他、若葉竜也、柿澤勇人、細田善彦、落合モトキ、板谷由夏などツボを
押さえた手堅いキャスティング。
PTSDやLGBTなどをテーマにしつつも、これらを過剰に擁護するのではなく、
あえてただ見守るという視点で、とても地味な構成ではあったけど、良作だと
思いました。

1位 最愛 TBS 金 22:00
まずタイトルが良いです。最近のドラマはアイキャッチのためか、やたらタイトル
が長かったり、余計なサブタイトルを付けがちですが、返ってこのように短く
スッキリさせた方が視聴者に想像の幅を持たせてくれます。このドラマも、誰
の誰に対しての最愛なのか、それを考えさせるだけでも良いタイトルでした。
現代と過去を行ったり来たりして見せる手法が、「リバース」とか「Nのために」
と似ていると思いましたが、制作が同じなんですね。話の持っていき方、引っ
張り方は上手いなと思います。
結局、ストーリーの中で一番悪いのは酒向芳の親子で、真犯人は判明した時点
でそれ以上追わなかった最終回が、余韻を抱かせるいいラストでした。
まぁ、光石研のお父さんが全てをややこしくしてしまったともw

深夜枠。

3位 あいつが上手で下手が僕で 日テレ 水 24:59
2位 JKからやり直すシルバープラン テレ東 水 25:00
1位 東京放置食堂 テレ東 水 25:10

「あいつが上手・・・」 潰れそうな劇場での。売れないお笑い芸人たちのドラマ
ですが、なんとなく大学の演劇サークル的な雰囲気を感じさせました。
「JKからやり直す・・・」 イケイケの人生を送るものの、全てを失いホームレスに
なった女性が女子高生時代にタイムスリップして、人生設計を見直そうとする
コメディ。保険の見直しや投資などノウハウを分かりやすくドラマ化。
「東京放置食堂」 伊豆大島を舞台に、人生を放置されることの侘しさ、気楽さ
を居酒屋のお手伝い片桐はいりが、クサヤを焼きながら旅人に教えてくれる。
力の抜けたストーリーに、伊豆大島の力強い自然や風景が相まって見入り
ました。ただ、ドラマでは大島には船で来ることしか触れてませんでしたけど、
実際には飛行機でもガンガン行けますよねw

主演男優賞 綾野剛(アバランチ)
主演女優賞 シム・ウンギョン(群青領域)
助演男優賞 井浦新(最愛)
助演女優賞 吉川愛(古見さんは、コミュ症です)

美術賞 スナックキズツキ テレ東 金 24:12
撮影賞 東京放置食堂
主題曲賞 「碧の宵」 (元)現役女子高生あたし  東京放置食堂

2021年、年間オレデミー大賞は来年に!


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[ 2021/12/31 ] オレデミー大賞 | TB(0) | CM(2)

「青天を衝け」幕末多摩ひがしやまと流見方⑯ 塚原渋柿園

さて、「新藍香翁」があるからには「藍香翁」という書物もあります。
藍香とは尾高惇忠のことです。
明治42年(1909)に惇忠の出身地である手計村の鹿島神社境内において、惇忠の
記念碑の除幕式が行われ、その参列者に渋沢栄一より「藍香翁」が配布されました。
つまり、「藍香翁」は惇忠の遺徳を顕した伝記であり、「新藍香翁」はその後に出され
た続編ということになります。

この2編を書いたのは塚原蓼洲という人です。別名は塚原渋柿園(じゅうしえん)。
ワタクシも最近まで知りませんでしたが、明治時代に活躍した新聞記者、小説家だそうです。
横浜毎日新聞や東京日日新聞の記者として活躍した後に、時代小説家としてデビュー。
文語文の文体だったらしいので、我々には読みづらいのでしょうが当時は一世を風靡
しました。岡本綺堂は記者時代の後輩にあたり、綺堂が小説を書くにあたっても多くの
アドバイスを与えたのだとか。
渋柿園とはけったいなペンネームをつけたものですが、自由思園という名前を使った
時期もあるようなので、そこからさらにもじったのかな?

この蓼洲こと渋柿園、本名は塚原靖(しずむ)といいまして、元幕臣です。
正確に言えば、父親が根来百人組与力で、明治維新当時靖はまだ部屋住みの身
でしたから、幕臣の身内といったところでしょうか。
ただ、このような生まれであったため、幕末期に農民でありながら佐幕に身を置いて
戦い、また維新以降は新時代に活躍した惇忠の伝記を書くことになったのでしょう。
「新藍香翁」が主観の入る小説体となったのも無理からぬ話かもしれません。

しかし、塚原自身は戊辰戦争には身を投じてはおりません。
それどころか、幕臣たちが新政府軍にあくまでも抵抗した戦いは、固より朝廷に逆らう
つもりなど毛頭もないし、主家からはあくまでも恭順せよと命じられている中での戦。
勝ってもその命に背いた咎で切腹といわれても仕方がない。
「何の趣意で、誰が何のために、この命がけの難渋な戦争をするのか、わからぬと
いえば実にこれほどわからぬことはない。」(「明治元年」)
と、戦うことに意味はあるのかといっています。

塚原は父親が無禄となっても徳川宗家について行きたいと願ったために、家族で静岡
に移住します。江戸城開城後の幕臣は、彰義隊とか遊撃隊、榎本武揚、大鳥圭介、
土方歳三ら徹底抗戦をした側が目立つのですが、大部分の幕臣は徳川家とともに恭順
し、静岡へ移住する者も多かったのです。
駿河・遠江2国70万石に減らされた領地では、せいぜい5000人の家臣を養うこと
が精一杯だとされました。しかし移住を希望した幕臣は14000人ほどもいたとされ
(明治4年時)、静岡での生活は食べることにも困難を極めたようです。

塚原は部屋住みでしたが、藩から仕事を命じられていたので月に1両2分1人半
扶持が与えられました。彼はあばら家の長屋に住み、1両を自分の生活費、あと
は家族に仕送りしました。食べるものにも困り、非番の日に海で青海苔、山で蕨
やゼンマイを取って飢えをしのいだといいます。別の場所にいた家族が暮らした
家は「六畳に二畳、三尺の台所に一つ竈」「天井もなくて、その板葺の屋根も半分
は腐っている。」これでも良い方だと塚原の母親は言っています。「或る人の如き
は真にその三食の資に尽きて、家内七人枕を並べて飢えて死に・・・或る人は五日
とか七日とか一粒の食をも得んで(中略)餓死にのぞんだ」・・・と。
無禄移住のキビシイ現実です。

藩でも家臣(旧幕臣)の救済策を進めていきますが、経済対策として活躍したのが
渋沢栄一ですね。ドラマでも取り上げられた商法会所の設立です。政府からの貸付金
と商人層からの合本(株式)を資本に、米を買い付けて値が上がった時に売却し、
わずか半年余りの期間に85000両もの利益を上げました。
そして、もう一つの政策が人材養成です。

西周など幕末期に海外へ留学生として派遣されていた幕臣らを教員として、沼津兵学校
を設立し、海外の先端学問(特に数学などの理系学問)を若い世代の幕臣子弟に教育
を施したのです。
その後の明治新政府のプロパガンダにより、徳川幕府は旧態依然とした古い頭しか
持っていなかったと思われがちですが、幕末当時に海外への一番太いパイプを持って
いたのは幕府であり、海外をリアルに知る人材も幕臣が一番多かったのです。
ですから沼津兵学校は表向き陸軍士官学校の趣でしたが、特に理系教育で日本の
最先端の教育が行われていたといいます。
前述の塚原靖も、貧しい中この兵学校で学んだ一人でした。

他藩もこの学校に目を付け学生を静岡に派遣、また沼津兵学校の教員や学生も他藩
へ教授にために派遣されました。このように他藩に貸し出された者を御貸人(おかしびと)
と呼びますが、明治4年時点で256人の旧幕臣が御貸人として他藩に派遣されていた
のです。
塚原も成績が優秀だったのでしょう。御貸人として他藩へ派遣されました。
どこへ派遣されたかといえば、薩摩鹿児島藩でした。
徳川幕府を終わらせ、多くの幕臣を江戸から追い出した最大の藩へ、指導者として
郁ことになった塚原の胸に去来するものは何だったのでしょうか。

そんな塚原が、自分の考えとは合致しないものの、戊辰戦争を戦った尾高惇忠の伝記を
書いたということにも、とても興味を掻き立てられます。

尾高惇忠b
尾高惇忠

⑱塚原渋柿園
塚原渋柿園(靖)


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[ 2021/12/29 ] 大河ドラマ | TB(0) | CM(2)

「青天を衝け」幕末多摩ひがしやまと流見方⑮ 飯能逃避行

秋くらいから各カルチャーセンターなどの講座が始まりまして、本業の仕事以外は
ずっとそちらに時間を取られておりました。
ブログもかなり書いていませんでした。

大河ドラマ「青天を衝け」もいよいよ最終回ですね。
当ブログでは多少東大和市に関係のあった渋沢成一郎にスポットを当てて、取り
上げてきました。

田無から箱根ヶ崎に移った成一郎率いる振武軍は、上野で彰義隊と新政府軍の
戦いが始まると聞くや彰義隊に応援するため青梅街道を東に駆け付けます。
しかし戦いはすでについており、敗走してきた彰義隊の一部と振武軍は田無で
合流。再び一つの軍隊となって飯能に向かい屯集しました。
そして飯能戦争となるのですが、圧倒的な兵力と武器に勝る新政府軍の前に
振武軍は上野戦争以上の一方的な敗戦に終わってしまいます。
「青天を衝け」をご覧になった方はすでにご存じの通りです。

飯能戦争に於菟之輔が参加していなかったり、平九郎の最期や後日談は以前の
記事でご紹介しました。
その後の成一郎についてですが、四散した振武軍の中で成一郎は惇忠や4人ほどの
隊士と共に、追っ手の目を逃れながら逃避行を続けたようです。

先ず一行は旧一橋領だった横手村(日高市)に落ち、組頭の大川戸延次郎に匿われ
ます。大川戸家では家内総出で成一郎たちの着替えを縫い上げました。成一郎は
その礼金として3円(3両か?)を払ったといいます。
新政府軍の監視網の中、横手村から案内人の先導で、一行は白子村、虎秀村、
井上村(飯能市東吾野)に至りました。見張り人足100名余りが進路を固めていまし
たが、井上村名主・井上範三が成一郎らを「定めし官軍で御座ろう」と言ったため、
そのまま官軍のふりをして通過できました。もちろん、井上範三は成一郎らを旧幕臣
と知ってて嘘をついたのです。
飯能周辺はよほど徳川恩顧の思いが強い土地柄だったことが窺えます。
吾野から峯伝いに秩父郡大野村(都幾川村)に出て、名主守田常右衛門に保護された
一行は、数家に分散して数日を過ごしました。
惇忠は柴崎利三郎方に宿泊し、お礼にと自ら揮毫した掛け軸を残していったそうですが、
「この書は十年間誰にも見せないでくれ」
と注意したといいます。おそらく自分を匿ったことが発覚して咎められることを心配した
のでしょうね。
その後、村人の案内で上州伊香保に逃れ、草津に潜んだ後、成一郎と惇忠は深谷に
帰りました。・・・というのが大まかな成一郎、惇忠の逃避行エピソードです。

しかし、今書いた内容は正式な記録があるワケではないのです。
成一郎は戊辰戦争中に日記、記録の類を残しておらず、またこの間の書簡なども
発見されていません。
ただ唯一「新藍香翁」という書物によって、以上の様子が書かれているのみなのです。
実はワタクシもこの本の現物は見ていないのですが、どうも小説仕立ての文体で
書かれているらしく、かなり主観性の強い内容のようなんですね。
なので、あくまでも参考という程度に考えた方がいいのかもしれません。

渋沢平九郎埋首之碑1a

写真は埼玉県越生町の法恩寺にある「渋沢平九郎埋首之碑」(石段右側)


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[ 2021/12/26 ] 大河ドラマ | TB(0) | CM(2)