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神保町アカデミー「江戸・東京歴史散策-マラソンコースを歩く-」③ 

以前に告知した神保町アカデミーの続報です。
2020年に行われる「国際的スポーツ大会」のマラソンコースを歴史散策すると
いう企画の第3弾。

コースC 4月9日(火)

[コース]神田→東日本橋 [集合場所]JR神田駅東口


JR神田駅から今川橋を経由して日本橋まで。この通りは江戸時代ファンなら御馴染みの
「熈代勝覧」に描かれている目抜き通り。
日本橋を渡って、かつての白木屋(現COREDO日本橋)の角を曲がって永代通りを茅場町
まで。茅場橋を渡って水天宮へ寄ったら、人形町の甘酒横丁を散策して東日本橋までを
歩きます。

29 日本橋7a

お気づきの方もいらっしゃると思いますが、このコース、実は特に目玉になるような神社仏閣、
史跡等はないんですよね。水天宮も新しい神社ですし。
ただ、このコースは江戸時代の二大ショッピングストリート。
今川橋から日本橋までは、先ほど書いたように「熈代勝覧」に描かれたお店が、店舗は新しく
なりながらも現代まで続いております。
また人形町界隈は、かつては堺町・葺屋町と二丁町と呼ばれた芝居町。さらに元吉原のあった
町。今はその面影もありませんが、かつてはココが江戸のメイン繁華街かと思って歩いてみれば
景色も違って見えるのではないでしょうか。甘酒横丁などは今も飲食店を中心に賑わってます。

まぁ、ヒジョーにマニアックな江戸散策になりますが、江戸時代の賑わいをイメージして、想像力
を膨らませて歩くのも時代めぐりの楽しさではないでしょうか。
もちろん、各名店でのお買い物は随時OK!

68 人形町 弁慶像a

定員 各20名
受講料 ■コースごとに申し込み:3,240円
※税込  ※交通費・施設入館料等は各自ご負担(コースや天候によって
有料施設見学の場合あり)
集合場所 (各日とも)13:00 現地集合
※16:00頃終了・解散(予定)
※小雨決行 ※参加者へは実施日直前に別途詳細をご案内いたします。

お申込みは「小学館神保町アカデミー」のHPをご覧ください。
小学館神保町アカデミークリック!



「なんだー。このボタンちょっと押してみるんだな。うーん、なんだー。」



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「なへし」とは?

ひと月以上更新していなくて、スポンサー広告が出てしまいました。
講座やらまち歩きガイドやら、とりあえずひと段落つきましたので、久々に記事を
書く所存であります!

ワタクシ、毎月1回ですが市内の歴史サークルに参加しておりまして、郷土史の
先生から地域の近世史を勉強しております。
先日、東大和市のお隣、武蔵村山市にかつてあった横田村の史料を読む機会が
ありました。正徳元年(1711)に書かれた横田村の明細帳、つまり代官所へ提出
する村の説明書きのようなものです。

武蔵国多摩郡山口領横田村反別指出シ帳
卯ノ七月

四拾六年以前戌年 中川八郎左衛門様御検地
 一 高百四石六斗八升弐合   御縄辻
    此反別拾町三反七畝拾壱歩
 内
   三町五反弐拾三歩  田方
   六町八反六畝拾八歩  畑方

一 御林の内 愛宕神社 御座候事
一 御林の内 壱反歩 大六天神社 御座候事
一  弐反五畝歩 七所御社 芝地共に
一  松山五反歩、下々畑九畝歩 吉祥院寺分
     右は中藤村長円寺末地に御座候


と書きはじめられており、以下、村に何があって何が無いのかが書き出されていきます。

一 道心 壱人  納円
一 水呑百姓 壱人  勘十郎
一 橋 拾壱ケ所 御座候
   此内 四ケ所板橋、残 水引土橋
一 馬 弐拾疋 男馬 御座候
一 桶屋 壱人 御座候


長いので途中省略しますが、途中から村内にある(ない)職業について書かれます。

一 大工 壱人
一 馬喰 壱人
一 紺屋 無御座候
一 木引 無御座候
一 鍛冶屋 無御座候
一 さとう 無御座候
一 こせ 無御座候 
一 作酒屋 無御座候事
一 かみすき 無御座候事
一 圦樋 沼 無御座候事
一 神主 無御座事
一 ねき 無御座事
一 山伏 無御座事
一 なへし 無御座事
一 名主給分 壱分壱俵に相定申候事


この後は村に陣屋があるかとか(ない!)、朱印地があるかとか(ない!)、他の
村へはどのくらいで行けるのか、などが書き出されております。
さて、上に書き出された項目は職業に関するものが多いのですが、現在では
使われてない、あるいはその仕事そのものがなかったりで、意味のわからない
単語もあると思います。それらは何なのか、我が家の物知りテンちゃんに聞いて
みることにします。

IMG_0382a.jpg
テンちゃんに叱られる!!

「道心ってのは、宗教者とか出家した人のことね。その人の名前が納円さんなのね。」
「馬喰はばくろう。馬を主食にしてる人じゃないわよ!そんな人いたら、ちょっと怖いわよ。
馬を売買してる人、あるいは獣医さんだったりもするわね。」
「さとう、こせ、は座頭と瞽女。瞽女ってのは目の見えない女性が、家の軒さきに立って
三味線を弾きながら唄をうたう芸人ね。実際には目の不自由な人は少なく、目の見える
女性がほとんどだったともいうわね。」
「ねき、は禰宜。神主や宮司さん。」
「圦樋はいりひ。これは職業じゃないわね。水の逆流を止める水門のことね。」

と、ここまでは知っていたテンちゃんでしたが・・・

「なへし?・・・そんなの知らないわ。」

と、ここでギブアップ。
仕方ないので自分で調べてみることにします。
ジャパンナレッジ等で検索をかけても、「なへし」では引っ掛かりませんでした。
そこで、江戸検1級仲間の方々などにも聞きながら、次のように考察しました。

●「なへし」を「NAESI」と読んだ場合。
「なえし」というモノが存在することに行きあたりました。それは懐中に忍ばせた
護身用の武器だそうです。広くいえば十手の一種らしいのですが、十手に特徴的
な鉤が無くシンプルな鉄の棒といった形状です。
なぜ「なえし」かというと、コレで相手をボコると「萎えて」戦意を喪失させるからでは
ないか、とのこと。
武士は持たず、町人が護身用に持ったようです。

●「なへし」を「NABESI」と読んだ場合。
「鍋師」ではないか。いわゆる「鋳掛屋」のことですね。江戸時代は鍋釜の修理に
鋳掛屋が村々を巡回したりしたそうですが、この鋳掛屋を京都などでは鍋師と呼んで
いたのだそうです。江戸検仲間の方によると、京都では職人集団のリーダーが鍋師
という苗字を名乗っていた地域があり、現在もその苗字があるとのこと。
ただし、江戸や多摩で鋳掛屋のことを鍋師というケースがあったのかは、わからない
とのことでした。

明細帳の前後の記述からすると、職業であることに間違いはないように思います。
「なえし」と取ると、なえしを使う人という解釈になるでしょうか。十手の一種だとすると
例えば「道案内」のような人を指すとか?
「鍋師」であればそのまま職種を表しますね。ただ、「守貞漫稿」にも鋳掛屋はあっても
鍋師はありません。「日本方言大事典」では鋳掛屋の方言として「なべや」というのが
出ていますが、庄内地方の言葉だそうです。

さて、このうちのどちらか?
あるいは、まったく違うモノなのか?
まぁ、いずれにしても横田村には無御座事なんですけどね。


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