新選組漫画 181 

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毎年毎年「花粉症ネタ」を描かなければ気が済まないほど、花粉症にはツライ思いを
しております。

以前は市販の鼻炎止めの薬を飲んでいたのですが、アレって口の中が乾いたり、
眠くなったりするでしょう。車をよく使う身としては、あまり具合が良くないのです。
そんなワケで、3年ほど前からはかかりつけの病院で薬を処方してもらっています。
コレは口の中も乾かないし、眠くもならない。
ただし、効き目もそれなりで、外出時にはマスク着用がマストとなっておりました。

なかなかコレ!という特効薬はないものだなぁ。未来の医学の発展に期待するか。
でもバツグンの特効薬ができても、オレが死んだ後じゃ意味ねぇよ・・・なんて夕方
の帰り道に小石を蹴ってたそがれていたワタクシでした。

ところが、学生時代の友人から
「ワセリンを鼻の周りと中に塗るといいよ」
という情報をもらいました。
その友人も、かつてはメジャーで16勝を上げるクラスの花粉症だったらしいのですが、
「鼻の穴ワセリン」をしたところ、すっかり引退するレベルまで花粉症が引っ込んだと
いうのです。

ネットで調べてみると、けっこうやっている方はいらっしゃるようですね。
そんなワケで、ワタクシも早速ドラッグストアでワセリンと綿棒を買ってまいりました。
やり方は簡単。綿棒にワセリンをちょっとつけたら、鼻の穴の周りと中にヌリヌリする
だけ。これで、飛来してきた花粉が鼻腔に侵入する前にワセリンがキャッチしてくれる
らしいのです。

で、効果の方はどうかというと、これがなかなかのモノであります。
サスガに100%防御!とまではいきませんが、処方箋鼻炎薬とワセリンの併用で、
かなり花粉の多い日でもマスク無しで外出できます。
ワタクシ、若い頃より「近眼竜政宗」の異名を取るほどのメガネくんですので、マスク
はどうしても曇ってしまうんですよね。「メガネ曇っちゃった」by橘家円蔵。
その鬱陶しさから解放されるだけでも、上々出来。

ワセリン、いいかも。


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農兵訓練の栞②

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「農兵訓練の栞」 が見つかった鈴木家は、旧幕時代に蔵敷村の組頭をしていた家です。
名主を勤めていた内野家とともに、村内では指導者的な立場にありました。
農兵政策に関していえば、農兵取立入用のための上納金として文久3年(1863)11月に
「金五両也」、元治2年(1865)正月にも「金五両也」を献金しています。

元治2年3月の「村高家数人別農兵人数取調帳」を見ると、

「一 高3石3斗4升5合  家内6人暮らし 組頭重蔵倅 啓蔵 丑22才」 

との表記があり、丑(元治2年)当時22歳だった組頭の息子が農兵に参加していたことが
わかります。 
さらに慶応元年(1865・4月に改元)6月23日、田無村で行われた「火入稽古」 参加者
9人の中に啓蔵さんは入っており、実弾射撃訓練を受けたものと思われます。
さらに7月には代官所の増山健次郎から、啓蔵さんは「農兵稽古人世話掛り」5人の中の
1人に任命され、一層勉強し熟練の域に達するように期待を寄せられています。

「農兵訓練の栞」は、世話掛りを命じられた啓蔵さんが、増山氏などの教官から教えられた
ことをメモし、組合の農兵を指揮するときに使用したものと考えられます。
ところで、この冊子には名称がついておりません。「農兵訓練の栞」とは郷土博物館が便宜
上つけた名前だと思ってください。

では、実物を見ていきましょう。
栞のサイズは横17cm、縦12,5cmの横型。
ページ数は表裏の白紙を入れないで、25ページです。

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DSCF0557a.jpg


巻末にはこのように目次らしき項目が書いてありますが、これが必ずしも本編の内容と
一致しておりません。
さらに本編では第四部と、それにプラスした内容の記載があります。
全体として五部、あるいは六部から構成されていると思われます。

第一部は「第一教 整頓」「第二教 隊列開閉」「第三教 技芸」の3項目に分かれます。

「第一教 整頓」では
「番唱へ
気ヲ=着ケ
右(左)三組三歩(二歩)前ヘ進メ
右(左)=凖ヘ  但シ左整頓ノ儀ハ司令官左ト告グ
直レ
司令士左(右)肩前
右(左)三伍司令士ニ凖ヘ
右(左)ヘ=凖ヘ
直レ
司令士左(右)肩故トヘ」


このようなことが書いてあります。全体の整列の仕方のようです。

農兵隊は「隊伍仕法」によって、25人で1小隊と決められました。
小隊の中に5人の懸り役人がいて、他の20人は5人1組の伍卒組に編成されます。
懸り役人は伍卒組の目附として差引役が1名。その上に組頭として2名。代官所との
連絡役として代表者の頭取が2名(1名は頭取並)でした。
但し、これはあくまでも基本パターンであり、各組合によって農兵の人数が前後する
ため、多少の変更はあったようです。
蔵敷村組合も11ヶ村で29名の農兵がいました。

上の史料を見ると「三組」「三伍」という記述が見えます。
おそらく蔵敷村組合は3組の伍卒組で小隊(あるいは分隊)が構成されていたのでは
ないでしょうか。司令官(士)は組頭と思われます。

「第二教 隊列開閉」は
「押伍左
後列後トヘ 進メ
直レ 押伍故トヘ入
隊列閉メ=進メ」


とだけ、記述があります。

「第三教 技芸」

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こちらは銃の持ち方のようです。
さらにこの後に続けて
「小隊打方 小隊=准備
狙ヘ  打て
込め  打ち方止め タイコ
故トヘ         タイコ
各列打方 小隊=准備
二番(一番)狙ヘ  打て  込め
打方止メ故トヘ   タイコ
二列打方=  小隊=准備
打カカレ  打方止メ  故トヘ」


このように銃を撃つまでの手順が書かれています。

先ず隊列を組んで「気ヲ=着ケ」から始め、隊列を組み、銃を操作する。
江川英龍の目指した西洋式軍隊の形式で、農兵の訓練が行われたことがわかりますね。

メガ85


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新選組漫画 180 幕末京風ひなまつり

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お内裏様を梟首しちゃいけませんがね。

・・・さて、昨年も記事に書いたのですが、この季節に東大和市郷土博物館では
「吊るし雛とひな祭り展」を開催しております。

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市内に残る古い雛人形も展示されているのですが、いつ見ても素晴らしいと思う
のがコチラ。



「御殿飾り」と呼ばれる雛飾り。
昭和20~30年代にかけて流行したのだそうです。
雛人形自体は小さいのですが、ミニチュアの御殿の中に飾られています。
この御殿は様々な形があるのですが、いずれも細かい細工がされていて目を見張ります。
まぁ、現代風に表現すると、ジオラマ雛飾りですかね。

今はこんな雛飾りあるのでしょうか?ワタクシの知る限り見たことないのですが。
しかしコレ、今発売したらけっこうヒットするんじゃないでしょうか。
大きさはそんなにあるわけじゃなく、出窓などにも置けるサイズ。
現代の住宅事情に合わせれば、5段だの7段だのの飾りよりよほどいいでしょう。

この御殿は全て細かいパーツに分けられていて、飾るときはそれを組み立てるのですが、
これがけっこうめんどくさいし大変らしい。
でも、今は返ってフィギュアだの、プラモだの、ジオラマだのを趣味にしている男性が多い
ですから、そんなお父さんが積極的に組み立ててくれてお母さんも大助かり!

雛人形は別売りにして、お内裏様、お雛様、三人官女、随身など好きなキャラクターを
自由に配置できます。

いかがですか、雛人形会社のみなさま!?

どうしてもダメなら、ディア●スティーニで。
毎回セットのパーツを組み立てて、貴方だけの御殿を完成。
創刊号は壇蜜モデルの三人官女(1体)をつけて、480円。(2号目からは1750円)


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