fc2ブログ
2021 09123456789101112131415161718192021222324252627282930312021 11

「青天を衝け」幕末多摩ひがしやまと流見方⑫ 冷静な村民

先月26日に江戸楽アカデミーの講座「渋沢成一郎(喜作)と戊辰戦争」が3回全て終了
いたしました。ご参加された皆様ありがとうございました。最後は少し時間オーバー
してしまい、スミマセンでした(汗;)
なお、11月、12月には幕末とは関係ありませんが、江戸楽アカデミーさんでまた
また講座をさせていただきます。その時にはリモートでも見られるようにするらしい
ので、ご興味のある方はぜひともお越しくださいませませ。
当ブログやTwitterでも告知させていただきます。


さて、振武軍は田無村に駐屯して多摩・狭山丘陵地域の村々から軍資金を供出させ
ました。それには江戸時代後期に武州の村々に適応されていた「寄場組合村制度
(改革組合村制度)」という、連絡網が有効に利用されました。
この辺り、元々が豪農層の出身である成一郎や尾高惇忠のアイデアといったところ
でしょう。

ご存じの方も多いと思いますが、振武軍が軍資金を募った地域はほとんどが幕府領
(天領)でした。まぁ、一部には寺社領や旗本領もありましたが。
天領は他の大名領と比べても一般的に年貢率が低かったと云われます。全体で400
万石もありますからね。1ヶ村あたりの年貢負担は少なくて済むわけです。
加えて「オラが領主は将軍さま」という優越感もあったと思います。
基本的によほどの悪政にならなければ、領民は領主を慕うものでしょう。それが天下
のトップに立つ将軍様なら、なおの事。
成一郎や惇忠の期待もそこにあったと思います。「天領の人々なら徳川氏再興のため
に金銭は惜しむまい」それに、自分も農民層だった二人にすれば、この時代の豪農層
はかなりの蓄えがあると予測していたハズでしょう。
ところが・・・

振武軍金銭払い1

振武軍金銭払い2
「大和町史研究」 1962年4号より

上の表は各村の誰々に、振武軍が要求した金額と、要求された村人が実際に
支払った金額の一覧表です。(所沢組合の場合)
どの農民たちも申し付けられた金額の全額ではなく、その1/4程度しか出していない
ことがわかります。
これは所沢組合だけの結果ではなかったようで、他の田無組合、拝島組合、日野
組合などすべての村々で同じような結果となりました。

多摩・狭山丘陵地域は新宿から30~40kmの距離にあります。この距離は1日で
江戸市中の情報が入ってくる地域です。当時の感覚とすれば、リアルタイムで江戸の
様子がわかる距離といえるでしょう。
村々とすれば、天領として徳川恩顧の思いは強いがすでにその時代は終わり、新政府
の統治がもう揺るがないであろうことを、豪農層は冷静に判断していたというわけです。
ただ、振武軍もガキの使いじゃあるまいし、銃や刀で武装しているわけですから怒らせ
たら怖い。さすがにロハってわけにもいかないので「この程度でご勘弁を」という回答
だったのでしょう。

この回答を見て「バカにしておるのか、コラ――――ッ」と成一郎や惇忠が怒ったのかと
いえば、さにあらず。「ハイ、ありがとうございます」と、会計方の印を押したキチンとした
領収証を発行して要求額の1/4の金額を受け取っています。

DSCF0565a.jpg

  
一 金五両也

右は軍用助合として出精
被差出(さしだされ)忠誠之段奇特ニ候
依而(よって)受取証書如件(くだんのごとし)

慶応四年戊辰五月  振武軍
               会計方 印

                蔵敷村 重蔵


成一郎は元農民。だから彼らの心情が理解できるから、少ない金額でもよしと
したのでしょう・・・・ワタクシはそう思って、取材をさせていただいた飯能市立博物館の
館長様に聞いてみました。
(※飯能市立博物館は過去に振武軍と飯能戦争の特別展を開催)
すると館長の答えは「違うと思いますね」と意外なコメント。
「成一郎はすでに武士・・・幕臣として出世もしていますし、もう農民の気持ちよりも
いかに徳川家、幕府の回復を達成するかの方が重要だったでしょう」

なるほどねぇ・・・。
うん、研究者というのは冷静な目で判断しておりますね。
では、なぜ要求に達しない金額でも成一郎らは許したのでしょうか?
振武軍にとって大事だったものは、お金とともに「時間」だったからでしょう。


総持寺 大欅a
総持寺(幕末当時の西光寺)の境内にそびえる大欅。
文久2年(1862)の本殿再建の折に植えられたといいますので、振武軍と村民たち
の様子もきって見ていたハズ。


「なんだー。このボタンちょっと押してみるんだな。うーん、なんだー。」



にほんブログ村 歴史ブログ 幕末・明治維新へ
にほんブログ村


にほんブログ村 漫画ブログへ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ
スポンサーサイト



[ 2021/10/04 ] 大河ドラマ | TB(0) | CM(0)

「青天を衝け」幕末多摩ひがしやまと流見方⑬ 振武軍の軍資金

オリンピックに続き、パラリンピックでも放送が中断された「青天を衝け」。
仕方がないとはいえ、出来が良いドラマだけに内容が薄くなってしまうのは残念な
気がします。

さて、ブログ記事を本筋に戻しますと、振武軍が田無村に入ってきた時点に戻り
ます。「青天を衝け」では丸々省略された部分です。
振武軍が田無に入って早速行ったことが、寄場組合村(改革組合村)制度を使って
の軍資金集めでした。

振武軍金策一件aaa


「里正日誌」には、振武軍と、呼び出された各村々名主のやり取りの様子が記されて
います。(◎以下の部分)

「右本陣西光寺着届け致し候処、列席にて惣隊長申し聞くには、
此度徳川氏再興の為金高短冊にて申し達し候通り助力
致し候様頼み入り候旨申し聞かされ、金弐拾両重蔵と申す短冊下げ渡し相成り
候間品々歎願申し述べ候処、強勢に申し威し種々強談に及ばされ候えども、
御申し付けの金高はとても自力に及び難き旨再応歎願致し、詰り
金五両差出し漸く勘弁致し貰い落手相成り、・・・・・」


これは蔵敷村の組頭・重蔵さんの一例ですが、総隊長から「今回徳川氏再興のため
ざひとも協力を願う!」と言われ、自分の名前の書いてある短冊を見せられた。そこ
には20両と書いてあったので、とんでもない、そんなには払えませんよと交渉した
けれども、相手は軍隊。さんざん脅かされたけれども、なんとか5両で勘弁して貰った、
という顛末です。

ちなみに成一郎は振武軍では大寄隼人という変名を名乗っていますが、里正日誌の
内野杢左衛門さんはその正体を知っていて、隣に「渋沢成一郎事 変名 大寄隼人」
と書いています。また、「中軍隊長 目付役兼 榛澤新六郎」と書かれているのは
尾高惇忠のことです。

成一郎という人はとてもリアリストな部分があって、戦争するには「先ずは金だ」と、
軍資金がなければ何も始まらないという考えの人だったようですね。
渋沢栄一にしてもそうですが、農民とはいっても商売をしていた人なので、その辺り
の合理的な考え方が先に立つタイプだったのでしょう。
彰義隊に多く集まった隊士たちは、言い方は悪いですが死に場所を求めるというか、
見事武士らしく散りたいと考えて上野に集まった人も多かったと思うんです。武器が
刀槍中心だったというのも、武士の美学、ある種のロマンティシズムを求めていた
ように思えるんですね。
ところが成一郎にとって戦争とは、どんな手を使ってでも勝たねば意味のないもので
あり、そのためには軍資金が絶対に必要だったのでしょう。
将棋の駒では一直線の香車が好きだったという、正義感の強い気持ちで戦うタイプの
天野八郎とは相容れないワケです。

振武軍が田無に至るまで全く金がなかったのかというと、サスガにそうでもなくて。
成一郎が上野から脱走するときに、中野清三郎という人物が「200金」を成一郎に与えた
ということが「彰義隊戦史」に書かれています。
200金とは200両のことでしょうか。
この中野清三郎とはいかなる人物かというと、貨幣改役頭取をしていた人のようで、当時
輪王寺宮の下で納戸役をしていた奥野左京という人と昵懇の間柄だったとのこと。
おそらく奥野から成一郎らのことを聞き、同情してくれたのかも知れません。
まぁしかし、振武軍300人もいれば200両なんてアッという間になくなりますわな。


「なんだー。このボタンちょっと押してみるんだな。うーん、なんだー。」



にほんブログ村 歴史ブログ 幕末・明治維新へ
にほんブログ村


にほんブログ村 漫画ブログへ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ
[ 2021/09/08 ] 大河ドラマ | TB(0) | CM(3)

「青天を衝け」幕末多摩ひがしやまと流見方⑫ 須永於菟之輔

8月22日から江戸楽アカデミーの講座が始まりまして、そちらのレジュメ作りなどで
ブログも滞りがちです。
講座は9月まで計3回ありまして、過去記事にもありますように「渋沢成一郎から見た
戊辰戦争」をテーマにお話しています。
第1回は、渋沢栄一と喜作が一橋家に仕えるところから鳥羽・伏見の戦いを経て、
須永於菟之輔らが幕府撒兵隊に檄文を廻すところまでをお話しました。
2回目は彰義隊と上野戦争についてお話します。

さて、そんなワケで今回の記事は、前回久しぶりの放送となった「青天を衝け」に
ちょっと触れる感じでお送りします。
コロナやオリンピックの関係で、全体の話数がかなり少なくなりましたから、予想通り
彰義隊の辺りは激しくカットされちゃいましたねぇ・・・^^;
一応、彰義隊を結成する場面は描かれてましたけど。
浅草本願寺ってテロップが入ってましたが、なんか場末の荒れ寺感が否めないw
当時、本願寺には200名が収容できる大広間がありましたからね、もうちょっと
ゴージャスだったと思います。

浅草本願寺2a
ホラ、今だってこんなに立派な浅草本願寺(東本願寺)

於菟之輔の他に、成一郎に我々の頭になってくれと頼む侍が2人いました。文字
放送にしているとこの2人が天野八郎と伴門五郎だと分かるのですが、アレだけ
では役名があってもなくても一緒ですね。
まぁ、そんなことはドラマの都合上どうでもいいことですけど、かなり大きなフィクション
がありましたので、今日はそこを書き出しておきましょう。

帰国した栄一に川村恵十郎と於菟之輔が面会に行きますね。
成一郎や平九郎のこと、戦ってきた戦争について話しますが、あそこは創作です。
彼は上野戦争にも飯能戦争にも参加していないのです。

これはどういうことかと言いますと・・・。

慶応4年(1868)4月11日に慶喜は寛永寺を出て水戸に向かいます。
江戸の庶民はみな涙を流して前将軍を見送ったと云いますな。
このとき慶喜の護衛を務めたいと彰義隊は願ったのですが、これは聞き入れてもら
えませんでした。
この頃、彰義隊の内部は渋沢成一郎派と天野八郎派に分かれ、主流は薩長への主戦
論を唱える天野派となっていました。成一郎は於菟之輔に命じて(従弟だから頼みやす
かったのでしょう)、慶喜護衛の責任者である山岡鉄舟や高橋泥舟に会って、我々渋沢
派も慶喜警護をさせてくださいと頼むように言ったのです。そして於菟之輔は単身
水戸に向かいました。
水戸に着いた於菟之輔は泥舟から
「警衛を願うなら取り次いでやろう」との言葉をもらいます。
「ありがとうございます。では、頭の渋沢が参りましたらそのようにお取りj計らいを」
「いや、待て須永・・・実はその前にな、聞いてもらいたいことがあるのだ」
「何でござりましょう」
「実はな、幕府脱走兵が鹿島神宮に武装して集まっておるのだ。これは君公恭順の妨げ
となってよろしくない。解散するよう説得してはくれまいか?」
「は、わかりました」

於菟之輔は鹿島神宮に行き、脱走兵らを説得。解散させるのに成功します。
そして水戸に帰り、報告をすると、また泥舟が
「実はな、白河城で官軍と会津が戦っておる。敗走兵がこの水戸を襲ってくるかも
しれん。視察に行ってはくれまいか?」
「は、わかりました」

行ってみると、しかし白河口はすでに新政府軍の手に落ちています。水戸に引き返そう
とするも棚倉も落ちてしまい、仕方なく於菟之輔は須賀川に戻り、そこでの逗留を余儀
なくされてしまいます。この間に上野戦争も飯能戦争も終わってしまいました。
その後白石に出た於菟之輔は、水戸から同道していた加藤木賞三から「フランスにいる
お前の従兄の篤太夫に頼み、フランスに幕府と新政府の仲介をしてもらってはどうだ
ろう?」との意見を聞きます。なるほど、その手があったかと於菟之輔。
ちょうど佐幕派外国商人のスネルの船が来るというので塩釜まで行ってみると、すでに
二本松も落ち、米沢も恭順したとのこと。さらに仙台にスパイが入ってるとの話も聞き
うかつに動けません。
ところが江戸を脱出した榎本艦隊も松島湾に入ってきたため、於菟之輔はようやく成一郎
と会えることになりました。
「もう・・・泥舟さんのおかげで、エライ遠回り・・・(汗)」by於菟之輔

ドラマ伝蔵

ということで、この飯能山中の於菟之輔はフィクションです。

さて、もう一つ。
ドラマをご覧になった方、みなさん言葉を飲み込んだ平九郎の戦死シーン。
もちろんドラマなのでちょっとは盛ってるだろう・・・とは思いますが、わりと史実に近い
かんじだったのではとも思っています。

平九郎の最期の様子については「渋沢平九郎昌忠伝」に詳しく書かれています。
この伝記は藍香選とあるので、実兄の尾高惇忠が正式に認めたものでしょう。
それによると平九郎は成一郎や惇忠とはぐれたあと、ドラマでもあったように農家に
匿われます。そのとき持っていた銃と太刀を置いてゆき、月代を剃って町人風の変装と
なっています。農家を出た平九郎は峠の茶屋に寄りますが、平九郎が江戸の脱走兵
と察した店の主人から官軍の通行しない間道を進むことを勧められます。しかし、平九郎
はこれを聞かず北に向かって進み、敵に遭遇してしまいます。

平九郎が会ったのは芸州広島藩の神機隊です。彼らは飯能戦争には参加しておらず、
残党狩りに出されていました。彼らは薩摩や長州と違って、戊辰戦争の早期解決を目的
とした部隊だったので、ドラマのような平九郎をなぶり殺しにするようなことはしなかった
はず。悪く盛り過ぎ、との意見をTwitterでも見かけました。

ドラマ平九郎


ただ、「渋沢平九郎昌忠伝」には、「盤石ニ踞シ前ニ臥シタル昌忠ノ屍ニ銃丸ヲ乱発シ」
とあるので、演出もまぁ、わりと合っているのかなと思っています。
平九郎は変装を見破られて、すぐに敵兵の腕を斬り落としているので、仲間をやられた
方とすれば頭に血も上るでしょう。神機隊の組織がどうであったとしても、個々の戦場に
おいてはそれぞれだと思います。

だけど、惇忠はその場にいなかったのだから想像で書いたのではないか、と思われる
方もいるかもしれません。
ですが、このときの平九郎の強さに感服した神機隊の河合鱗三という隊士が平九郎の
遺品を保管しており、明治26年(1893)になって渋沢家に返却されているのです。
兜町にあった栄一の屋敷で栄一や惇忠らと、その河合氏らが歓談したとのことです
から、平九郎最期の様子はおおむね正しく伝わっていると思います。

さて、松島で成一郎と再会した於菟之輔ですが、やはりそのまま箱館に渡ったので
しょうか?
答えはNO。
彼はフランスに渡って仲介を頼む目的を捨ててなかったのですね。
スネルの船で横浜に着いた於菟之輔は、しばらく隠れたあと、小石川の高橋泥舟
の屋敷に向かいました。え?やめときゃいいのにって?
泥舟は諭すように言いました。
「君公は今、駿府に謹慎しておられる。幕臣だった者は無禄でもいいからと駿府に
移住を願っている者が多い、なぁ、須永よ、お前は彰義隊に関係あるによって、
この江戸におっては捕縛されてしまう。すぐに拙者と駿府へ参ろう」
この言葉が効いたのか、於菟之輔は駿府へ移住。以降名前を以前の伝蔵に戻し、
明治13年からは箱根仙石原での牧場経営などに従事しました。


「なんだー。このボタンちょっと押してみるんだな。うーん、なんだー。」



にほんブログ村 歴史ブログ 幕末・明治維新へ
にほんブログ村


にほんブログ村 漫画ブログへ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ
[ 2021/08/28 ] 大河ドラマ | TB(0) | CM(0)

テンプレートを変えてみました

PC閲覧での当ブログのテンプレートが崩れてしまいまして。
フォロワー様からもご指摘いただいていたのですが、以前もこんなことがあり、
ひと月ほどで直ったりしていたので今回もやがて直るだろうと軽く見ていたの
ですが、どうも直る気配が無いようです・・・。

そこでテンプレートを変えてみました。
以前も1回変えたことがあるんですが、見づらくなったとの意見もあったので、
今回はすごくシンプルなものにしてみました。

しばらく、コチラでいってみます。


・・・と、今回の記事がこれだけだと寂しいので。

「青天を衝け」オリンピックで中断中ですが、渋沢成一郎について小ネタを一つ。

渋沢成一郎②a

成一郎はこのように本人の写真が残っているのですが、これはおそらく大蔵省に
出仕してイタリアに行ったときのものと思われます。
全身が写ってはいますが、一人でいるためどれくらいの身長だかわかりません。
実は成一郎についてはこんな証言もあるんです。

「渋沢は身長高く、頭は丸坊主で、眼光炯々(けいけい)人を射て、一見上野
山王台にある、彼の西郷の銅像と云ったような偉丈夫であるから、皆その威風
の堂々たるに壓(お)されて」

これは彰義隊にいた寺沢儭太郎が「幕末秘録」の中で書いている一節です。
かなり体格がよく、目つきも鋭かったようですね。坊主頭だったというのは意外
です。高良健吾、再現する?
写真を改めて見るとスーツの着こなしもジャストサイズで、なるほど体格は立派
だったのかなと思えます。

寺沢は続けて「我々の首領と仰がんには、かかる人をこそ」と書いており、その
姿もリーダーに推された理由としています。奥祐筆という役職だけが成一郎を
彰義隊頭取にさせたのではなかったのですね。
人間、やはり見た目も大事ね。


「なんだー。このボタンちょっと押してみるんだな。うーん、なんだー。」



にほんブログ村 歴史ブログ 幕末・明治維新へ
にほんブログ村


にほんブログ村 漫画ブログへ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ

[ 2021/08/02 ] 番外編 | TB(0) | CM(0)

オレデミー大賞 2021年4月期

4月期ドラマのオレデミー賞です。
今期はゴールデンでなかなか面白いドラマが多かった印象。
逆に深夜では不調・・・というか、ワタクシ好みのドラマが少なかった印象です。

10位 桜の塔 テレ朝 木 21:00
9位  ドラゴン桜 TBS 日 21:00
8位  おちょやん NHK 月~金 08:00
7位  あのときキスしておけば テレ朝 金 23:15
6位  今ここにある危機とぼくの好感度について NHK 土 21:00
5位  ひきこもり先生 NHK 土 21:00
4位  珈琲いかがでしょう テレ東 月 23:06

「桜の塔」 テレ朝は刑事モノが大好きですが、決まって「警察上層部は悪の巣窟で
ある」というストーリー作りが一貫していますね。サスガ朝日、なにか警察を悪者に
しなければならない理由でもあるのでしょうか?
まぁ、その作り手に乗っかって椎名桔平がいいワル役仕事をしていたのは確かです。
宮本浩次の主題歌も良かったです。

「ドラゴン桜」 ワタクシも浪人してまで大学受験をしたクチですが、実際に受験
した身で考えると、1クールの放送時間では受験のリアルさは伝えきれないと思い
ます。それに、先生の言うことが100%実行できれば何も苦労はしないんですよね。
それができない人が大部分なので。

「おちょやん」 戦前戦後を生きた女性の半生記、という朝ドラのド定番ドラマ。やはり
収まりがいいですね。最近の朝ドラは全体にコメディ要素が多いものの、「エール」
での戦争シーンや、「おちょやん」の天海との離婚シーンなどクライマックス近くに
朝飯食べながら見るにはけっこうハードな刺さる演出をブッ込んできますよね。これも
時代に沿ったドラマ作りなのでしょうか。朝ドラ史上最低の父親を演じたトータス
松本が良かったです。

「あのときキス」「今ここにある危機」 この2本とも松坂桃李が主演。同時期に2本
の主演ドラマというのは珍しいですが、その2本とも主演キャラがポンコツと共通
していたのが面白かったですね。まぁ偶然でしょうけど。
「あのときキス」は「おっさんずラブ」や「チェリまほ」の系列に続く腐女子系ドラマの
変化球ですかね。「今ここに」の方が社会性を持たせてNHKらしい作り方かな。
意味のないことしか言わないことが好感度につながるというのは、つまり攻撃され
にくいってことで、現代社会の人間関係の基本みたいな感じがしますね。ドラマでは
学長の松重豊が好感度よりも批判されることを選択しましたけど、やはりトップが
変わらないと組織全体のポンコツも変わっていかないということでしょうか。

「ひきこもり先生」 後ろ向き感の強いタイトルと、主演が佐藤二朗ということで最初は
二朗さんのアドリブ全開グダグダコメディかと思ったのですが、ドシリアスな社会ドラマ
でした。二朗さん、ゴメン。登校拒否生徒ばかりのクラスを、ひきこもり歴11年の中年
男性が受け持つという異色設定ですが、これを佐藤二朗が好演。いや、二朗さん以外
考えられないくらいのキャスティングだと思いました。「ヨシヒコ」の仏様や「浦安
鉄筋」と同じ振り幅でこういうお芝居ができるのはスゴイな。学校ドラマの体裁を取り
ながら、実は大人ひきこもりに焦点を当てている構成に感心。

「珈琲いかが」 中村倫也は好きな俳優なんだけど、主演作よりもむしろ脇の方が
いい味を出せる人だと思ってたんですね。陰というか闇を感じさせるじゃないですか、
この人。だから主演するならこういうドラマは適任ですね。背後に闇を抱えてる人が
優しく丁寧にコーヒーを淹れてくれたら、それだけでドラマのイメージが膨らみます。
続編ができることを期待します。

3位 コントが始まる 日テレ 土 22:00
菅田将暉、仲野太賀、神木隆之介の三人組マクベス。彼らのコントが全く面白く
ないのが、グループ解散というストーリーにリアル性を持たせていましたね。
有村架純とか古川琴音とか、非常に適材適所でいいお芝居をしていたので、
松田優作の娘が出演したこともあまり話題になりませんでしたね。
神木くんが乗っていたシトロエンBXがまた、良いチョイス。同じクラシックな仏車でも
2CVとかDSとか、ルノー4とかわかりやすい車に行かなかったところが好感度UP.。
でも、焼き鳥屋のバイトだけで10年も維持できるほどBXは甘くないと思うけどw

2位 イチケイのカラス フジ 月 21:00
最近の竹野内豊はCMなども含めてコメディー系の役柄が多くなっていますが、この
ドラマではシリアスな部分もあり、飄々としたキャラ作りとちょうどいいバランスだった
と思います。着ていたコートがワタクシも大好きなバブアーだったのが、個人的には
嬉しかった。黒木華がとてもいいバランス。原作では黒木さんの役が主役なのだそう
ですが、裁判官としての有り方をだんだんと変えていく経過が丁寧に描かれていたと
思います。弁護士や検事を主役にしたドラマはよくありますが、裁判官や書記官が
一つのチームになって捜査(?)のやり直しをするというのが、チームドラマの好きな
ワタクシにハマりました。小日向文世、新田真剣佑、草刈民代など脇の配役も良かった、
です。

1位 大豆田とわ子と三人の元夫 フジ 火 21:00
放送局は違えど、あの名作「カルテット」の主演・スタッフのドラマですね。細かい
セリフの応酬が楽しい。登場人物の全員が善人なんだけど、みなどこかクセが
強いというキャラ設定が、見ている人を引き込みますね。ドラマのかなり後半に
真打登場のようにオダギリジョーが出てきて、「え、ここにきて彼が全部さらって
いくの?」と思いきや、案外スルーして去っていくという、やや脚本に観ているコチラ
が遊ばれた感じもありますが、それも気持ちイイ印象です。元夫の中では角田
晃広がいいアクセントになっていたと思います。

深夜枠

3位 コタローは1人暮らし テレ朝 土 23:30

2位 ゆるキャン△2 テレ東 木 24:30

1位 生きるとか死ぬとか父親とか テレ東 金 24:12

冒頭に書いたように、全体にイマイチ。
「ゆるキャン」の田辺桃子はコメディ系の女優さんかと思ったら、「リコカツ」では
恐怖の筑前煮女。「ガールガンレディ」でも全く違うタイプのキャラ。最初は全く
気が付かず、ビックリしました。
「生きるとか」は同じような問題を抱える世代にはシリアスな内容。母親が先に
亡くなって父親が残されると、語弊を恐れずに言えば確かに面倒なことが多そう
ですね。ドラマは後半部分の娘・吉田羊と父親・國村隼の関係に絞られてからが
見ごたえありました。主人公の学生時代を演じた松岡茉優が好演。

主演男優賞 竹野内豊(「イチケイのカラス」)

主演女優賞 松たか子(「大豆田とわ子と三人の元夫」)

助演男優賞 角田晃広(「大豆田とわ子と三人の元夫」) 
         神木隆之介(「コントがはじまる」)

助演女優賞 黒木華(「イチケイのカラス」)

主題曲賞 STUTS&松たか子with 3exes 「PresenceⅠ~Ⅴ」
        (「大豆田とわ子と三人の元夫」)

撮影賞 大豆田とわ子と三人の元夫

美術賞 ネメシス 日テレ 日 22:30

上位の4作品は甲乙つけがたく、とても面白かったです。一方「レンアイ漫画家」、
「恋はDeepに」、「着飾る恋には理由があって」の3本は最後まで見られません
でした。「リコカツ」は永山瑛太のキャラ作りは面白かったですが、佐野史郎の
病気途中降板が残念でしたね。逆に「ネメシス」はキャラクターに特徴を付け過ぎ
て失敗した感じ。もっとダメ探偵とデキるアシスタントというシンプルな設定を生かし
た方が面白かったかも。

いよいよオリンピックが始まりました。
いろいろ考え方はあるでしょうが、開催しようが中止にしようが、感染者の推移は
たいして変わらないと思うので、私個人としてはようやく開会できて落ち着いた
気持ちです。
ただ、休止となるドラマもいくつか出てくるようで、「青天を衝け」も何本かが休み。
全体でも41話となるようで、先週まだ慶応3年の状況を考えると、後半はかなりの
駆け足になりそうですねぇ・・・。
当ブログで追っかけている渋沢成一郎が活躍するシーンは、無くなりそう?


「なんだー。このボタンちょっと押してみるんだな。うーん、なんだー。」



にほんブログ村 歴史ブログ 幕末・明治維新へ
にほんブログ村


にほんブログ村 漫画ブログへ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ
[ 2021/07/25 ] オレデミー大賞 | TB(0) | CM(0)